東大至上の価値観が崩れたとき、新たな日本の建設が始まる
振り返れば、途方もない愚行の連続であったといわなければならない。東大、なかんずく東大法学部を頂点とするこの国の点数至上の教育こそが、亡国の教育、否、虚構の国家百年の大計であったことがである。
アメリカ金融資本主義の破綻を前に、日本の秀才と呼ばれた官僚集団はなす術もなく呆然と立ちすくむ。同輩の東大教授も経済評論家も財界人も、いつもの見識の披瀝すら行わない。もっともらしい予測も、経済の立て直し策の指針も描けない。
何が国家最高の知識集団であったか、何が国家最高の知性であり叡智であったのか。破綻の淵にあえぐ自民党政府の近辺から、彼らは音もなく遠ざかろうとしている。誰もこの国の危急存亡のときに身を投げ出して救国の行動を取ろうとする者はいない。すべてがまごうことなき虚構の知性や叡智の集団であったことを無残にさらしている。先の亡国の大戦と同じように。
しかし我らが日本の同胞は、東大卒がごとき浅薄な知性とは無縁な人間で満ち溢れていることに違いはない。心配は無用なのだ。そして自民党はさらに1年、政権の座にしがみつくことになるであろうが、この1年こそは、来たるべき政権交代と官僚排除の新しい政治の幕明けの準備期間となるであろう。救国のための政権スタッフ糾合のときである。
点数序列の秩序を基に、この国は官界、財界、そしてマスメディアの世界がいわば学閥という集団に壟断されてきた。しかもこの壟断は偽りであれ学問の世界とつながることによって巧妙に日本人を欺いてきたものである。昔は、官立の帝大に対する抵抗勢力であった私立の学校ですら、実業の世界で排他的な利権集団、学閥集団を形成すると、自ら帝大と同様の腐敗の教育に自らを貶め、自らの教育の理念を汚した。それは今日までも続いている。
この国の政治家が政治屋と呼ばれて久しいが、それは政治が二世、三世という世襲の血族に相続されていることでもあきらかであろう。そして、高級官僚を父親に持った息子世代の出身校は、圧倒的に早稲田、慶応であろう。今も昔も、この大学は創立者の教育理念に反して、帝大の補完勢力として財界、官界にはびこってきた学校である。いまや、下劣なマスコミと言論の世界は、東大とこの早慶に支配されているといってもよい。
これらの体制を突き崩すために、この1年は日本再生のための時にしなければならない。無論、これらの大学出身者であろうとも、この腐敗の教育システム否定の立場に立つものは改革者である。
連帯サイト:日本の政治を糾弾する http://www.kyudan.com/index.htm にも公開させて頂いています。
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