東大解体闘争は権威主義に対する抵抗であった
学問の世界の腐敗、すなわち大学の腐敗は、歴史的に見ても学問を志すべき人間が権威主義に陥り、時の権力と癒着することから始まる。そしてわが国は、学問の世界への登竜門として科挙制を、すなわち没個性の試験成績のみをその及第の基準としたことから腐敗が始まったと見るべきである。
中国の科挙の序列が、皇帝という権力者への距離の近遠を意味したように、日本においても権力への登竜門となり、それは大学自身がいわば権力序列を形づくる基準となったのである。昔の旧制帝国大学と呼ばれた学校に通った者ならば、この試験成績の序列が大学の絶対的な秩序であったことを身を持って体験したはずである。
その世界では教授が全能の権威者であった。助教授以下の全ての研究の徒は、いわば権威者にぬかずく奴隷の如くである。それは東大といわず、帝大系大学の医学部で顕著であった。何故なら、医師としての能力ではなく、試験成績が、すなわち既存の知識に長けたものや、時に権力者と結びついた者がその地位を独占できたからである。そしてその地位こそが、大学の組織のみならず学問の世界を支配する秩序の根拠となったのである。
明治以降の日本や日本人が、独創性にかける模倣の文化しか作れなかったという批判があるとすれば、それは大学自身が権威主義の腐敗の水に最初から汚れていたことに原因があるに違いない。そして人間の関心や能力、学問探求への挑戦を全く顧みない、独創とは無縁な不毛の暗記教育が行われてきたからである。
東大受験を諦めた者は、前途が閉ざされたような絶望感を味わい、東大に入学した者も己の探究心を否定されて、点数序列の人生の選択を迫られて愕然とする。恐らくこの国では、新しい世代が文明の進化に寄与する挑戦をはなから否定した教育を施してきたのである。それが国民の力で表現されるこの国の国力とは大きく隔たった国家運営のありように如実に現れている。
亡国の教育は官僚支配国家として日本を作り、この国に色濃くその害毒を流し続けてきた。東大闘争は、やがて支配層になる人間ではあったけれども、この絶望的な学問の場の理不尽な権威主義に対する抵抗運動であったのである。そしてこの抵抗は、生活の貧しさ、豊かさとは無関係に全国の若い学生に共感されて大学紛争へ発展したものだ。決して政治理念や経済理論の闘争ではなかったのである。
連帯サイト:日本の政治を糾弾するhttp://www.kyudan.com/index.htm にも公開させて頂いています。
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