八ッ場ダム建設は官僚政治の象徴
民主党政権は八ッ場ダムを含む全ての建設途上のダム建設の中止を決定した。極めて適切な政策発動である。これらのダムは非効率高速道路の建設と同様に腐敗した国民軽視の典型的な官僚政治の象徴であったからだ。
昭和27年に計画された八ッ場ダムは、治水を目的に建設が進められてきたものだが、その用途は官僚政治が常套句として使用する多目的ダムと称されて来た。しかし、現在なら地球環境問題としてニーズがあるともいえる発電は最初から考慮されておらず、治水や利水の効果も疑わしい、極めて杜撰な計画であった。それがお飾り程度の発電機能を追加して、今日まで継続され、2015年完成予定というのである。 その杜撰さは、計画だけでなく予算の消化にも現れている。予算の70%は使われてしまったが、工事自体はまだ基礎工事すら終わっていない。しかも当初予算の2000億円では足りず、4000億円に増額されたが、ダム建設の用地買収も周辺整備すら完了していない有様である。
計画策定から半世紀を越えて建設が遅れたのは、単なる政治的反対勢力による妨害があったからではない。地域住民の民意を汲まず、住民が納得するダム建設の説明能力すら持っていなかったからである。政治的に中立の住民や市民の理解すら傲慢に無視する官僚行政の典型的な姿であったからである。 利水と治水を多目的という言葉で誤魔化しても、この50年の間、東京近辺では河川の氾濫も旱魃による被害も発生しなかった。だとすれば、「必要ない」として建設反対を叫んだ市民の判断の方がどれほど正確だったかが分かろうというものである。 しかし戦前から続いてきた官僚の驕りの政治は常に国民の判断を撥ね付け、高みから国民を差配し、木で鼻をくくるような建設業者と癒着した傲慢な悪徳政治であったことを如実に示すものである。自民党腐敗政権ではこの悪辣な姿を国民の目に明らかにすることはしなかった。 民主党政権によって、今、まさに戦後にも生きながらえたこの悪徳官僚政治は音を立てて崩れ始めている。官僚政治に組する反対の声が上がろうとも、断固として建設中止を推し進めることである。そしてその計画自体の全容を国民の前に明らかにすべきである。それはそのまま官僚政治の腐敗と驕りの、到底国民主権の政治とは呼べない支配政治の実例を、国民の前に明らかにし、官僚政治に完全に終止符を打つ歴史的新時代の幕開けを事実として示すことになるであろう。
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