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NHKドラマ「坂の上の雲」の歴史的考察

国民的な人気作家司馬遼太郎原作の「坂の上の雲」のドラマがNHKから放映される予定らしい。この原作の小説は日露戦争の日本海海戦の勝利を導いた海軍参謀の秋山真之を主人公にしたものである。

小説では明治維新の国家近代化の時代の流れの中で、明治維新により旧体制が崩壊して没落した下級武士が、身分を越えた立身出世の道を歩む姿を描いている。すなわち、明治維新政府が西欧に習って作った高級官僚養成の高等教育機関へ進むことによって、それまでの出自や身分による世襲ではなく、学力によって高位高官に昇れる新しい時代の仕組みの中を邁進してゆく姿である。

士農工商という身分制度や士族の中の上下によって政治に進む道が決められた旧弊を打破する近代高等教育は、西欧列強の侵略を跳ねのける国家近代化とそれを実現する人物養成の理想像として、当時の為政者たる無学無教養の維新の志士上がりの元勲達の目には写ったに違いない。

秋山真之自身は、明治維新の志士やそれ以前の日本の歴史の中で燦然と輝く破格の日本人の資質と能力を備えていた人物と看做してもよいかも知れない。没落した貧困下級武士の身分から、下級といえども士族が身に着けていた学問教養を生かして頭角を現し、同級生の正岡子規とともに大学予備門(後の旧制一高)に進むも、東大ではなく海軍兵学校を首席で卒業する経歴を獲得した。

国家が激動する世界の中で、先進国諸国との競争に打ち勝つためには国家を構成する国民の力がものをいう。その意味で、明治維新政府の国民皆教育は極めて重要な政策であり、日本がアジアの奇跡と呼ばれる国家近代化と富国強兵を実現して、西欧列強の侵略を食い止められた唯一の国であった原動力である。

明治維新が、旧弊たる士族の上下の身分を超越した下賎、無頼の階層の人間によって推進されたように、日本の軍事組織を近代化することに成功した貧困士族の秋山真之兄弟を抜擢する成果を挙げた明治維新政府の高等教育も一つの歴史的成功例である。

松山中学、一高、海軍兵学校、或いは東京帝国大学という経歴なら、日本人の誰しもが尊敬し、その人物識見を疑わず、国家運営を委託するにたる人物であると考えてきた。秋山真之は成功した実例として、正岡子規は志半ばで倒れた崇高な文学者として、日本人はこよなく愛着を感じる人物像に違いない。

しかし、日清・日露戦争までを闘い抜き、国家近代化を成し遂げた高等教育とは無縁だった日本人の姿が、明治以前には綺羅星の如く登場した日本人が、秋山真之が青年参謀として戦った日露戦争以後、日本には突如、出現しなかったことを私達は重要視しなければならない。

20世紀、日本はアジアで唯一、西欧列強の仲間入りに成功させた志士達の時代が終わり、秋山真之たちの高等教育で養成された官僚主導の時代に入っていた。しかしこの20世紀の始まりは、日本が亡国する始まりでもあったのである。

明治の高等教育が始まり30年が経過していた。東大一期生の小村寿太郎、東大首席首相の加藤高明、浜口雄幸、小説の世界では「坂の上の雲」の秋山真之のように煌びやかに語られることが多かったが、政治や外交、そして軍事において、これらの煌びやかな学歴に彩られた官僚政治は、明治維新政府よりも無力であり、無教養であり、西欧諸国に対する卑屈な国家運営の歴史であったことを、日本人はこの近現代史の中から読み取らなければならない。

その原因こそが、人物識見を見ることが出来ない知識暗記一辺倒の受験教育、中国における科挙試験と同列に変質した近代高等教育の陥穽であったのだ。

それ故に、日本の内にあっては傲岸無礼な官尊民卑の中央集権官僚政治が樹立され、外交においては戦後に首相となった幣原喜重郎のような軽薄右顧左眄の内弁慶外ミソ官僚による失策の連続であった。

20世紀は皇帝の専制政治から国民が政治主権を奪回した時代であった。すなわち国民主権の民主主義政治体制の大きなうねりが世界を取り巻いていた。

しかし日本だけがこの民主主義という世界の潮流に乗り遅れ、官僚支配中央集権制の政治のままで世界で孤立していった。完全な時代遅れであったのだ。

NHKが放映した海軍軍令部将校の反省会は、学歴至上の誤ったエリート海軍将校達の懺悔の言葉である。そこで語られたことは、想像を絶する「思いあがり」であり、国民を睥睨し、国民には知らしむべからずの独善と奢りの姿であったことだ。そして、その虚構の知性や理性は海軍軍令部参謀であった秋山真之の成功例を根拠としていたことである。

戦後、軍隊は解散したが、入学試験で判断する価値観と、日本の高等教育にかける信頼観は呪縛のように日本人を支配し続け、官僚主導自民党中央集権政治を信託してきたのである。この価値観、刻苦勉励に耐えれば立身出世できるという教育観こそが、日本の今日の政治問題であり続けている。

NHKドラマ「坂の上の雲」が官僚礼賛、刻苦勉励教育を肯定する幻影を国民に撒き散らさないことを強く希望する。

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