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2018年1月14日 - 2018年1月20日

小泉純一郎の脱原発運動が目指すもの―日本政府を東大官僚から国民が奪還するための挑戦か?

日本政府と東京電力を筆頭とする電力会社が組んで、再生エネルギーによる発電事業を頓挫させている今、脱原発は現実性のないエネルギー対策である。また、国民を偽ってきた炭酸ガス排出量を大幅に抑制した石炭火力発電も低炭素化社会を目指す国際世論の中で厳しく批判されている。

 

この事情は小泉純一郎も把握しており、2030年までに原発ゼロという主張が荒唐無稽なエネルギー対策であることは承知の上なのだろう。安倍晋三は2030年までに原発に頼らない再生エネルギー(主に太陽光発電のこと)の普及をし、それまでは原発を再稼働したいという主張なのだ。小泉純一郎後継の安倍の真意がどこにあるのかはわからない。小泉同様に本音は今すぐ原発ゼロに賛同しているのかどうかである。

 

「官から民へ」「自民党をぶっ壊す」の小泉純一郎が「原発政策が既得権集団の言いなりになっていることに腹が立ってしょうがない」と発言し始めた。この論旨は、郵政と道路公団民営化に政治生命をかけた小泉の反霞が関、反中央政治の延長線上にあるものなのだろう。そしておそらくは残り少ない彼の政治家ならぬ人生そのものの総仕上げをしたいという心情を表明した言葉なのかもしれない。

 

日本政府は日本国民のために存在する組織ではない。東大官僚が政治を差配する組織である。そして従来の自民党はそれに依存し、既得権益に寄生する政治屋集団に過ぎない。しかも、国民の代表であり、日本政府の頂点に位置する首相(内閣総理大臣)の政治理念や政策ですら、この日本政府を自在に操縦することが叶わない組織なのである。

 

安倍晋三も小泉純一郎以上にこのことを身に染みて感じていることであろう。民主党政権の鳩山、菅、野田にしてからがそうではないか。何一つ、自分が思い描いた政策など実現できず、あろうことか消費税増税反対の政策理念すら捨てなければならなかったのだ。だから、政治改革とは東大官僚日本政府の改革に他ならないのだ。これは橋下徹の主張する統治機構の改革に他ならない。そして、これこそが政治改革の神髄たる自民党政治反対の揺るぎない理念でなければならないのである。

 

今の日本は、財務官僚による増税の謀略と外務官僚の無力外交によって未曾有の危機を余儀なくされているといっていいだろう。エネルギー政策も勿論、重要であるが、少子高齢化の中での経済の衰退と、共産党中国とロシアの傀儡北朝鮮の核兵器開発は看過できない問題である。国民の政治改革の意思は、民主党政権の失敗の後、急速に萎えてきている。小泉純一郎の脱原発の発現は、この政治状況をもう一度変えたいという思いなのかもしれない。

 

今の安倍政権は官僚や経済団体(特に日本商工会議所)の妨害工作を受けて、経済再生を進めることで手一杯である。北朝鮮や韓国、中国との外交問題もある。小泉純一郎は安倍晋三内閣打倒ではなく、安倍晋三には脱原発政策をすすめることができないだろうと言ったのだ。その代わり、脱原発で一致できる野党なら、既得権益集団の牙城たる東大官僚日本政府と腐れ自民党をぶっ壊すために手を貸すと宣言したのである。

 

民進党から希望の党へ脱党した者たち、無所属でいる者たちこそ、小泉純一郎の政治改革に口を極めて罵った連中である。立憲民主党の主張も反自民党の理念が東大官僚日本政府の改革ではなく、「安倍晋三は辞めろ」の日本共産党と同様の主張を続けている。脱原発で小泉純一郎と同調できたとしても、この理念を理解せず、何でも自民党反対、安倍晋三反対と同列の政治行動しかとれないのであろう。

 

願わくば、東大官僚日本政府とそれに寄生する既得権集団を駆逐するような国民運動を展開できる政治集団が生まれることを期待したい。この理念をもつものならば、自民党でも左翼野党でもそれは問わなくともよいことだ。この反自民党政治の理念を覆い隠す小沢一郎のような「打倒安倍一強政治」で集合するものでは絶対にダメなのである。

 

 

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