経済・政治・国際

日米軍事同盟の役割は東アジアの軍縮である

現在の世界は、東西冷戦構造が崩壊して20年を迎えたが、旧社会主義国であるロシアと中国が経済的発展を遂げたことにより、再び世界の安全を脅かす戦争の危険性を萌芽させてきている。

ヨーロッパにおいては旧ソ連の盟主ロシアが、そしてアジアにおいては経済発展を遂げた非民主主義の中国が凄まじい勢いで軍備拡張を進めて来ている。あたかもそれぞれの域内での覇権を追求するがごとく、旧来の軍事力を背景として大国主義的外交戦略を準備して来たことである。

社会主義と自由主義経済の対立は、双方の陣営がそれぞれの世界秩序を世界的に支配しようとする争いでもあったが、社会主義経済体制が崩壊して、世界は新たな自由と民主主義の秩序を確立しようという過程にあった。

ここでは思想的、経済体制的な世界の覇権争いは最早無意味であり、それ故、軍事的対応が無用となる、人類にとっては一つの大きな進歩の過程を進もうとして来た20年でもあった。

エネルギー資源価格の高騰による経済復興を遂げた新生自由主義ロシアと資本主義経済体制を併用して高度経済成長を遂げた社会主義中国の台頭は、これらの国が自由と民主主義をその政治理念とする限りにおいて、世界は歓迎すべきことであった。

しかし何故、ロシアは東ヨーロッパ諸国における自由主義経済体制への共同体化に干渉しなければならないのであろうか?アジアにおいては、何故、中国は急速な軍拡を進めなければならないのであろうか?全く不可解としかいえない。この二つの大国にとって、自由な世界の経済市場が存在してこそ、彼らの将来の発展も約束されるはずだからである。

自由と民主主義は、民族の対立を超え、国境を無くし、究極的には世界連邦樹立への道を開く政治体制の基本である。そしてこのことは世界戦争の世紀であった20世紀の人類共通の歴史認識でもあった。

政治体制やその政治観が自由と民主主義で共通する限り、国家間の争いを武力で解決しようとする政治体制や思想は完全に否定されなければならない。この理想に到達するために、一国覇権主義の大国が世界の安全保障を支配する時代も終わったと考えなければならないのである。

そのことは、冷戦終了後20年に亘って続いたアメリカの1極支配体制が、昨年の金融資本破綻に始まるアメリカの凋落により、その1極支配が崩壊し始めていることにも象徴的に示されていることである。

日本の民主党政権は、アメリカ一極支配から多極的支配に移行しつつある今、アジアの安全保障機構を構築するために、従来に増して日米軍事同盟を活用しなければならないのである。それは従来の社会主義イデオロギーに影響された反米主義や反自由主義の理念ではなく、ましてや幼稚な平和幻想の外交でもありえない。

交戦権を放棄している日本が担うべきアジアの安全保障の役割は、交戦権を保持するアメリカとの同盟を通して、東アジアのみならず、アジア太平洋圏の集団安全保障機構を樹立することである。そしてその目的は、交戦権を放棄した日本が、軍備拡張を続ける中国やロシアの軍縮を強く要求し、相互の安全保障に関する信頼を構築することである。

少なくとも東アジアの地域においては、国境紛争や経済紛争、或いは民族や国家支配が非民主主義的に進められる軍事紛争は絶対に容認しないという体制のリーダーたる役割が、日本の民主党政権には求められている。このことはASEAN諸国が共通に希望していることでもあり、先の戦争の責任を償うことでもあることを民主党政権には深く銘記してもらいたい。

この意味で、普天間基地拡充の理解を住民に求め、その代償を手厚くする約束をすることである。そしてアジア安全保障機構設立のために必要ならば、自民党の密約的対米従属の日米軍事同盟ではなく、交戦権を持たない日本に代わる戦争抑止力としてのアメリカの軍事力を拡充させる国民的合意を確立するために、防衛構想を一刻も早く開示することである。

日米軍事同盟の破綻は、日本が交戦権を持つ軍備した国家に再び戻ることを意味している。反米主義や幻想的反戦主義が、ヨーロッパやアジアで勃興し始めたロシアや中国の覇権主義への対応として如何にナンセンスであるかを、更にこれらの国が国連の決議を超越できる国家であることを、民主党政権は日本の国民に周知させる必要があるだろう。

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郵政会社社長人事は白紙撤回せよ

このブログでは日本の国家を滅ぼす元凶として東大と東大法学部官僚であることを主張してきた。今回の鳩山由紀夫内閣が「脱官僚政治」を掲げながらその実態は東大、官僚主導型の内閣であることを危惧してきた。

その危惧は、今、次の郵政会社社長が元大蔵事務次官斎藤次郎であることで、現実のものとなった。斎藤次郎は一高東大法学部の典型的な大蔵官僚吉野良彦の子分だった。国民を睥睨する愚かな政治は出来ても、この国を改革する気概も知性も持ち合わせていない。出来ることと言えば、問題先送り、玉虫色の駄文法律の作成と、そして愚

劣な先例主義の頑迷固陋な御身大事の立身出世主義の実践である。それは彼の経歴から読み取ることが出来る。

亀井静香も元警察官僚というキャリアだけを誇る愚昧な人間である。何の政治哲学も持っていない。鳩山内閣の藤井財務大臣、岡田外相、仙石行政刷新相、福島小子化担当相、そしてこの亀井金融・郵政民営化担当相の人選は、明治維新政府から100年を経て、ようやく開いた自由と国民主権の政治を確立するための、いわば国民の期待を一身に集めた内閣として、すこぶる違和感のあるものであった。

振り返ってみれば、橋本龍太郎行政改革内閣、そして小泉構造改革内閣もその主たる政治理念は官僚政治の打破においていた。しかし橋本行革内閣は父親が官僚であったこと、自身がそれほどの政治的資質に恵まれなかったことで、結局は官僚言いなりの官僚傀儡内閣であることが国民に知れてあっけなく瓦解した。

これを引き継いだ小泉構造改革内閣は「官僚主導自民党政府をぶっ壊す」と叫び、郵政民営化選挙に撃って出て国民の圧倒的支持を獲得し、大勝した。しかし、小泉の構造改革は官僚を実働部隊とする体制内改革であったために、官僚の猛烈な抵抗を受けてほとんどが骨抜きにされてしまった。

この夏の民主党の衆院選の大勝利とそれによる政権交代は、歴代自民党政権の中で初めて官僚を抵抗勢力と位置づけ大勝を博した小泉郵政民営化選挙を引き継いだものだ。郵政民営化は脱官僚政治として小泉が選んだものであり、国民の大多数もそのことを希望したことを意味している。それが「脱官僚政治」のスローガンを掲げて大勝した今回の民主党の選挙結果であったのだ。このことを決して忘れてはならないのである。

反対のための反対の社民党や抵抗勢力官僚の思惑を代弁する国民新党を含めた国民の支持によるものでは断じてない。

鳩山自身が東大卒で、嘗て一高東大卒の共産党の不破哲三に極めて厚い親近感を抱いていたように、今また、大蔵官僚の藤井や亀井に親近感を持って来た。そこには政治家としての理念ではなく、個人的な同胞意識とでもいうべき、学閥を構成する原因の同学意識が色濃くにじんでいる。

鳩山内閣のアキレス腱は、かっての小泉構造改革内閣を支えた財務大臣塩川正十郎が民主党内閣には官僚が多すぎて脱官僚政治の実現が危ないとした苦言がいみじくも現実味を帯びてきたことでもある。

岡田哲也や社民党の自民党憎し、小泉憎しの政治改革では、この国の亡国の官僚支配政治を乗り越えることは不可能である。影で官僚たちが糸を引いてきた民間主導の郵政会社の経営であったから、その傀儡の西川社長の更迭は必然的な成り行きである。しかしその後任が、民間人が全て拒否したという理由で元大蔵官僚を指名する愚かさは、国民の政治改革、行政改革の希望の芽を摘み、この国の将来を暗澹とさせる官僚政治復活或いは生き残りを予感させるものだ。

おそらく、民主党と鳩山内閣の国民の支持率は、今回の歴史的な愚かな人事によって急落することであろう。それはまさに官僚政治とその利権の保守を狙う東大卒官僚達の策略がまんまと効を奏したことを意味することに他ならない。

このブログでも主張したが、鳩山由紀夫は国民新党との連立を解消し、亀井静香を解任して斎藤次郎の人事を白紙撤回すべきである。それなしには、脱官僚政治、真の国民主権の民主政治の始まりを告げた先の選挙による大勝と政権交代の歴史的意義は水泡に帰すことになるであろう。

憂国の情をもって、強くこのことを鳩山由紀夫個人に伝えたい

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自民党官僚政治の公共事業と地方支配

この国は中央政府の国と地方がそれぞれ分担して行政を行ってきたという信仰がある。小学校の社会科の教科書にはそう書かれているからである。しかしこの国には地方自治は勿論、中央政府と地方政府の共同経営という行政の姿など存在しなかったのである。

大は高速道路とかいま中止が決まったダム建設から、小は村の生活者道路や公民館、医療施設、トイレにいたるまで、補助金という金の支配によって、中央の官僚が支配してきたのである。

憲法で規定する地方自治という言葉はある。しかし本来、国民にすべからく施されるべき税金を国が支配することによって、この国の地方自治は中央省庁の被支配組織、分かりやすくいえば奴隷機関におとしめられてきた。これが科挙官僚支配のこの国の戦後民主主義政治の実態であった。

このからくりの仕組みは、戦前から続く『政治は金儲け』の考えに基づいて、政治が業界と癒着することにあったからである。

地方には、中央政府に抵抗する手段はあった。中央政府からの補助金を断ることである。しかしこれは極めて乏しい地方交付税と住民税で地方政府の市町村が市民の社会ニーズに応えなければならず、世界第二位の経済大国の日本の地方政府は、公園建設や保育園建設もままならない財政基盤しか持たされてこなかった。

霞ヶ関がぶら下げる、言わばおとりの餌に頼らざるを得なかったのだ。だが、いったん補助金を受け取れば、それはまさに奴隷になる契約書を書かされることを意味した。無用の設備や単価の高い工事費、そして冗談ではなくトイレットペーパーの規格まで強制される『金儲け政治』の罠に落ちることを意味していた。

地方自治体の創意工夫や経営効率化への努力は、「地方は何も考えんでもよい、中央政府の頭の優れた官僚様が考える」という意識で木っ端微塵に粉砕された。地方官吏としての誇りを奪われ、ただ漫然と決められた予算を何の目的意識もなく、無気力に消化するだけの非生産的な地方行政の執行者、まさに政府の飼い犬に堕すことを強いられた。

そして気がつけば国に従って税金を垂れ流し、財政破綻寸前の状態になってはみたものの、生産性を挙げるべき社会インフラがいたるところで無用の長物化していたのである。

これが日本の現実である。地方産業、農業や漁業の後継者育成も出来ず、保育園や医療・介護施設などの社会インフラも、バカ高い民間の施設はあっても、全ての国民が安心して医療や子育てをするための施設など、どこにも満足には存在していない。あるのは常に『アキがない』という、行政の怠慢を象徴する施設であり、それは業者に甘く、国民に冷たいこの国のこれまでの政治の形を如実に示しているものであった。

日本の公共事業は産業振興にも、経済基盤の拡大にも、まして国民生活の改善にも役に立たないことは明らかである。政府支出によってGDPが増加する、景気が改善するは全くの詭弁であり、嘘である。公共事業の財政出動をしてみたものの、この国の公共事業は、有能ではない中央官僚の杜撰な業界ニーズに沿った計画で行われることが常であったから、新たな産業も、次世代の経済基盤の拡大強化も、中小企業支援にも、まして雇用拡大にもならなかった。

経済対策、財政再建の名目で支出されてきた国家の負債700兆円は、まさにそのことを示している。しかも、いつの間にか官僚自民党政府は国民の負債と称して緊縮予算、増税を主張してきた。彼らが立案した景気浮揚、経済底上げという大儀名分に騙されて、これほどの財政赤字の負担をしても、今日の慢性的とも言える不況は解消されず、ますますこの国の経済基盤が弱体化している現実を目の前にしている。

この現実を我々日本の国民は直視しなければならない。そして官僚自民党政治は二度と復活させてはならないのである。

彼らは自由主義者でも民主主義者でもなく、官僚統制の腐敗の国家社会主義者であることを決して忘れてはならない。そして、この国の教育を基盤に形成された『産官学』癒着の利権構造の打倒を肝に銘じた者以外は、新しい民主党政権の中枢から駆逐すべきである。

元官僚の民主党議員は、まず最初にこのことを国民の前に誓約し、政策実行としての地方主権政治を進めることでそれを証明しなければならない。

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脱官僚政治の完成には3年の月日をかけよ!

老人介護や保育園の致命的な少なさを知るたびに、戦後60年もの自民党官僚政権の政治がいかに杜撰で、心卑しく、貧しいものであったかが実感させられる。

少子高齢化が意識されたのは1990年の頃であった。退職高齢者の医療費が急増して、健康保険の財政基盤が揺るぎ出し、それまでの開業医お手盛りの医療費支払いを健康保険組合が激しく批判し、医療制度の抜本改革が求められた。

しかし、改革は何ら行われず、患者たる国民が受ける医療の環境は悪化の一途であり、医師会の反対によって必要な数の医師の養成もままならず、医療従事者の職場環境も悪化の一途であった。

医療ばかりではない。既に30年以上も前から、勤労婦人のための保育園は全国的に不足していると言われながら、今日に至るも何ら改善されるところはなく、順番待ちの長い列だけが続いている。老人介護もそうだ。経済的負担の軽い公的介護施設も、20年このかた、あいも変わらず長い長い順番待ちの行列である。

この国には本当の国民主権の民主主義政治など存在してはこなかった。そればかりか、試験で選抜された官僚が有能であるということが虚構であり、虚妄であり、それはとりもなおさず、この国の高等教育が完全に間違っていたことの動かしがたい証拠でもある。

そして試験に合格したことによって育まれた官尊民卑の意識に蔓延したこの国の行政担当者達は、すなわち全国津々浦々の役所で働く公務員達に至るまで、「法律にない」「予算がない」の一点張りで、木で鼻をくくるような行政対応をして国民の心を貧しくさせて来たのである。

内需はこの国に満ち溢れている。財源も豊富にある。しかしそれらはいずれも行政担当者たる公務員に無視され、隠蔽され、そして彼らの給料となって浪費されてきたのだ。

国民の切実な社会的ニーズがありながら、それらを無視して年間5兆7千億円もの財源を消費して道路建設に使おうとしたこの国の官僚と自民党政権は、一体、何者であったのか。

紛れもなく、正常な政治判断力を持たない正真正銘の無能力者であり、政治を担当すべき者が最低限備えなければならない知性と判断力を完全に喪失した人間達であったとことに相違はない。

経済再生や国民生活の向上、産業や教育の振興などには少しも使われないで浪費されてきた負債による国家財政の悪化の責任は、政権を追われたといえども官僚自民党政権にあることに相違はない。

だから国家財政の健全化を急げなどの主張は下劣な人間達の詭弁であると見るべきである。

この国の年間総財源200兆円のうち、その1割の20兆円は毎年浪費されて来た。そして給料、退職金、年金の生涯賃金賃金では民間平均より3割高い公務員給与として、精神的に全く貧しい行政サービスの報酬として年間32兆円も使われて来た。

この国の新しい政治を行う財源はここにある。総額は30兆円に上るであろう。しかし、猛烈に抵抗する官僚や民主党を支持する勢力の一画を占める公務員労組の非協力がある限り、すぐには本来のあるべき政治の姿に変えることは難しい。

だから彼らから既得権益を国民の手に返還させるために3年の月日を用意せよ。そして喫緊の国民のニーズに応え、内需刺激のシナリオと経済再生の道筋を国民の前に明らかにしたら、そのための赤字国債による財政出動をためらうべきではない。

心配は無用である。まだこの国は、依然として世界第二位の支払い能力を持つ国民の海に浮かぶ国家だからである。

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八ッ場ダム建設は官僚政治の象徴

民主党政権は八ッ場ダムを含む全ての建設途上のダム建設の中止を決定した。極めて適切な政策発動である。これらのダムは非効率高速道路の建設と同様に腐敗した国民軽視の典型的な官僚政治の象徴であったからだ。

昭和27年に計画された八ッ場ダムは、治水を目的に建設が進められてきたものだが、その用途は官僚政治が常套句として使用する多目的ダムと称されて来た。しかし、現在なら地球環境問題としてニーズがあるともいえる発電は最初から考慮されておらず、治水や利水の効果も疑わしい、極めて杜撰な計画であった。それがお飾り程度の発電機能を追加して、今日まで継続され、2015年完成予定というのである。

その杜撰さは、計画だけでなく予算の消化にも現れている。予算の70%は使われてしまったが、工事自体はまだ基礎工事すら終わっていない。しかも当初予算の2000億円では足りず、4000億円に増額されたが、ダム建設の用地買収も周辺整備すら完了していない有様である。

計画策定から半世紀を越えて建設が遅れたのは、単なる政治的反対勢力による妨害があったからではない。地域住民の民意を汲まず、住民が納得するダム建設の説明能力すら持っていなかったからである。政治的に中立の住民や市民の理解すら傲慢に無視する官僚行政の典型的な姿であったからである。

利水と治水を多目的という言葉で誤魔化しても、この50年の間、東京近辺では河川の氾濫も旱魃による被害も発生しなかった。だとすれば、「必要ない」として建設反対を叫んだ市民の判断の方がどれほど正確だったかが分かろうというものである。

しかし戦前から続いてきた官僚の驕りの政治は常に国民の判断を撥ね付け、高みから国民を差配し、木で鼻をくくるような建設業者と癒着した傲慢な悪徳政治であったことを如実に示すものである。自民党腐敗政権ではこの悪辣な姿を国民の目に明らかにすることはしなかった。

民主党政権によって、今、まさに戦後にも生きながらえたこの悪徳官僚政治は音を立てて崩れ始めている。官僚政治に組する反対の声が上がろうとも、断固として建設中止を推し進めることである。そしてその計画自体の全容を国民の前に明らかにすべきである。それはそのまま官僚政治の腐敗と驕りの、到底国民主権の政治とは呼べない支配政治の実例を、国民の前に明らかにし、官僚政治に完全に終止符を打つ歴史的新時代の幕開けを事実として示すことになるであろう。

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次官会議の廃止-東大解体闘争の歴史的意味

民主党政権になって、明治19(1986)から始められたという内閣次官会議が廃止された。極めて感慨深い歴史的な変革である。

この次官会議は、明治維新政府の政治の具体化、すなわち行政実務の最高峰に君臨していたものである。最初は近代の高等教育とは無縁な薩長閥を軸とする士族を中心に構成されていた。明治の国家近代化は様々な出自の人間が周囲の評価を勝ち得て行政のトップに選抜され、同じ明治維新の志士上がりの政治家の指導の下で推進された。

しかしやがてこれらの次官会議のメンバーが、入学試験の成績のみで選抜された官僚出身者にとって代わられた時から、この国は亡国の敗戦への道を辿り始めたのである。そしてこの次官会議こそは、「東大にあらずんば人にあらず」の藩閥政治に代わってこの国の政治を東大学閥で独占する科挙官僚政治の始まりを意味していた。

太平洋戦争が文官官僚と同様に、入試難関であった陸士、海兵出身者達の暴走と断ずる歴史認識は誤りである。日本と日本国民を破滅の淵に導いた先の亡国の敗戦は、軍事官僚だけの責任ではなかった。いずれも中国を模倣した皇帝に仕える官僚を科挙式の試験で選抜するという、日本の近代高等教育から輩出された文官官僚と軍事官僚が起こした傲慢で無謀な国家運営であり、愚劣な戦争遂行であったことは紛れもない歴史的事実である。

しかし日本の政治史上でも文字通り陋劣な中央集権政治の仕組みが起こしたこの国の悲劇の真の原因究明はなされず、軍事官僚と同様に共同正犯として国家と国民に対して負うべき責任は、広田弘毅一人を断罪することで一切を免れ、敗戦後も何食わぬ顔で存続し続けてきた。

その理由は。戦後、世界が自由主義と共産主義が対峙する冷戦という政治構造に大きく変化したことによって日本の旧秩序が保守されたということが挙げられるが、天皇の官僚という姿のままで自由と民主主義を標榜した新生国家の中で生き長らえてきた大きな理由は、次のように考えるべきである。

すなわち、日本の政治の実質的な遂行者であった官僚とその組織が生きながらえるための「命乞い」の代償として、新生日本は米国に隷属する密約をアメリカGHQと取り交わしたこと。そして民主主義の選挙が導入されても、天皇から負託されて行われた戦前の亡国の官僚政治を国民が再び支持したのは、ペーパー試験の成績が優れる者こそが日本の知性を代表するにふさわしいとする、日本の教育制度が育んできた虚構の人物評価観であったことだ。

そのことを象徴するのが、この内閣次官会議であり、日本の政治が政治家主導の政治ではなく、明治時代から続く官僚主導の政治であったこと示す紛れもない証拠である。

民主党政権が閣議と同じ機能を果たしてきた事務次官会議を廃止したことは、この国の政治が本当に近代化する新たな出発を意味している。そしてこのことは日本の教育観を大きく変えなければならないことも同時に意味している。

40年前、私達が経験した東大解体闘争の真の歴史的意義や闘争の目的こそが、明治憲法に定義された天皇を権威の頂点とする官僚優越の中央集権の全体主義国家運営への反対であり、間違った国民の教育観に支えられた官僚輩出機関としての東大とその虚構の権威を根本的に問うということであった。

政権交代が成り、官僚主導政治の象徴である次官会議が廃止された今、東大を卒業した者もそうでない者も、この廃止の意義とともに東大解体闘争の意味をもう一度、問い直して欲しいと思う。

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鳩山新内閣人事への緊急提言

鳩山新内閣の人事は、鳩山由紀夫氏の専権事項として民主党内の意見調整をされたのでしょうか?小沢一郎氏は人選に関与されなかったのでしょうか?

私は参議院での連立は不要と考えてきました。それは民主党が提出した法案を可決するには、民主党以外の賛成が必要ですが、逆に見れば、民主党の法案を否決するためには、その他の野党は自民党と提携しなければなりません。反対の自民党を尻目に棄権も同じことです。

今回の政権交代を願った国民の前に、自民党政治を排すとした民主党の主張を、ほかの野党が法案採決でどのような見識を表明するか、それを試すことは反対のための反対政治ではなく、真の国民のための政治を確立するために、絶対に必要なことだと思います。

連立政権のために政党とのバランスをとったとか、旧社会党や労組派閥・グループのバランス、衆参のバランスなどを考えた人事というならば、自民党官僚政権と全く同じ発想であり、そんなものは挙党一致でも、国民が願う政治刷新でもありません。

おそらく私を含めた政権交代のために民主党を支持した多くの国民の失望を呼び起こすことでしょう。反自民党で一致したとしても、自由と民主主義を願う国民は、東大卒警察官僚や同じく東大卒弁護士に率いられた国民新党と社民党を支持したわけではないからです。

郵政民営化を逆戻りさせるのは国民の希望ではありません。わが国の郵政事業は官僚腐敗政治自民党の象徴的な利権の巣窟であり、闇の国家会計たる特別会計の主要な財源として官僚とそれに連なる自民党利権集団に壟断されてきた国営企業でした。それを断つという目的で郵政民営化は進められ、小泉自民党は反対を表明した岡田民主党に圧勝したのです。

小泉自民党官僚政権による民営化は極めて不健全なものでした。従って、自民党主導の民営化はやめさせなければならないものでした。しかし、多くの国民は開かれた郵政事業、官僚からその利権を奪って真の国民のための郵政事業にすることを望んできました。今でもその流れは変わっておらず、利権政治が関与できない郵政民営化は国民の希望です。従って、何を勘違いしたのか、郵政民営化を阻止する政治家を民主党内閣に登用するのは国民に対する裏切り行為になるでしょう。

来るべき参議院選挙で多数派の議席を獲得するまで、国民新党と社民党との連立政権の白紙撤回を切に望みます。

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民主党政権があるべき基本原則

民主党政権が改革すべき本来の日本のあるべき姿の大原則を明らかにしておこう。

第一に、自由と国民主権の真の民主主義の政治風土の確立である。そして政治の主導権争いは、常にこの平面で行われるべきことであり、決してニセの民主主義を標榜する官僚主義や社会主義との争いにしてはならないことである。

第二に、この国の防衛の基本理念は、自由と民主主義を守り、世界平和を維持するために世界に主導的に安全保障を働きかけることである。憲法9条により国際紛争を戦争によって解決する武力を放棄しているが、自由と民主主義の下に生きる日本国民とこの国を不当な侵略戦争行為や暴力犯罪の危害から守るための自衛権は世界の他の国家と同様に保持している。

しかし憲法9条が国際法を犯す犯罪国家や侵略者との正当防衛の戦争行為を禁止している以上、日本は自由と民主主義を国是とするアメリカとの日米軍事同盟が必須である。何故なら、国際連合は、加盟国の条件として国民の直接選挙により国政が運営される民主主義の要件を備えていない国家が加盟でき、その枢要な安全保障理事国に非民主的国家が大きな権利を保有しているかぎり、国連を日本の世界平和活動を推進するための国際機関とすることはできないからである。

そして、従来の日米同盟と異なることは、亡国の敗戦の責任を逃れ、官僚組織の命乞いと引き換えに行われた数々の密約にまみれた米国隷属の日米同盟ではなく、両国の国民の安全を守り、人類の平和と繁栄を保障する共通の理念で結ばれた対等なパートナーシップに基づく日米同盟の再構築こそ重要である。それは不安定要素を高めつつあるアジア・太平洋の地域において、軍事覇権主義の台頭や戦争を抑止することが出来る最強の安全保障機構創設の基礎となるからである。

第三に、特定の政治思想や階層を強調した偏りのある政府・内閣ではなく、この国の全てを総括的に俯瞰でき、真の民主的な政府・内閣を樹立することである。少なくとも国民の信任を得ない勢力との連立はすべきではない。民主主義政治における政策実現にとって参議院で過半数を実現していないことから、来るべき参議院選挙まで、国民の切実な緊急の政策発動のための緊急避難として、政治思想の不純な勢力との連立は容認されるとしても、政治理念に大きな乖離がある政党との連立は必ず国民の批判に晒されることを民主党は銘記すべきである。

第四に、中央集権政府の経済浮揚ではなく、地方分権という国民の立場からの経済浮揚政策は実現されるべきである。官僚の政治権力と癒着してきた大企業、大資本であっても、政権交代がなった以上は、それらは否定されるべきではなく、新政権の下で崩壊の危機に瀕したこの国の経済再建のエンジンとして、零細企業と同様に活用されなければならない。

第五に、アジア政策のみならず、これからの世界政策の中で、日米同盟と同様に、中国との関係のリフォームが必須である。対米従属に類する商売優先の朝貢の戦略パートナーシップではなく、日本がアジアの自由と民主主義を守護するリーダーとしての立場からの新たな二国間関係を立て直すことだ。経済に重点を置いた互恵関係ではなく、アジア・太平洋の安全保障においても、経済のシステムにおいても、新しい世界秩序を構築するための二国間パートナーシップの確立である。

政権交代がなり、新しい政権、政府が発足する前夜の今、ここに掲げた大きな理念を重要なパートナー諸国政府に率直に宣言し、敗戦後の日本が初めてなしえた歴史的政権交代の意義を伝えるべき時である。時期を失してはならない。

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反官僚政治は東大神話を超克することである

官僚自民党政権を打倒した民主党は、輝きを放って日本の歴史の中に政治体制の改革者として記載されることになるであろう。しかし、忘れてはならない重大なことがある。それは政治の執行者、現在ならば公僕であるべき官僚が、何故、独善と独断をもってこの国の政治のみならず国家の運営を壟断できたかということをである。

このブログでは、日本の政治腐敗の原因を、明治維新の国家近代化が成った後、具体的には日露戦争が始まる時代から政治に登場した科挙式教育によって選抜された文官官僚達の政治にあったことを概観してきた。すなわち、日露開戦を叫んだ東京帝大7学士から始まり、東大首席の最初の首相である加藤高明内閣から、この国は先の亡国の敗戦へ至る狂乱の政治が始まったのである。そしてこの亡国の官僚政治は、戦後の日本にあっても、自由民主党という政権によって温存されてきた。

加藤高明、若槻礼次郎、浜口雄幸と続く歴代首相は、典型的な東大首席、次席組、中国の科挙試験で言えば承元であった。日本の近現代史では全く触れられない歴史の考察であるが、この国を凄惨な敗戦と、国家滅亡の危機に直面させたことこそ、試験教育の超エリートと呼ばれた彼ら達の政治の姿であったのだ。

しかし、明治に始まる日本の高等教育が大失敗であったことを歴史の上で如実に示しているにもかかわらず、学問世界をも壟断してきた同門の歴史学者なるもの達は、このことを意図的に隠蔽してきた。それは恐らく、近代日本の教育によって試験勉強が得意である者を秀才と認定する価値観を刷り込まれた多くの日本人の人物観を、そして政治の意識を欺き続けるためであったからだろう。

来るべき民主党政権の内閣人事が始められている。するとこれまでの自民党体制派もその反体制派も牛耳ってきた東大派とそれに連なる識者と呼ばれる者たちが適任とする人物名を挙げ始めた。いわく、鳩山首相、藤井財務大臣、岡田外務大臣である。言うまでもないが、麻生自民党内閣よりもひどい東大主導官僚内閣の姿である。

東大官僚を使いこなすためには、やはり東大卒が必要であるという考え方こそが、亡国の人物観、政治観であったことを改めて強調しておきたい。官僚政治を本当に打倒し、国民主権の民主主義政府を樹立するためには、百年以上も続いたこの東大神話を乗り越えることだ。これなくして日本の政権交代の大いなる歴史的意義は喪失することになるであろう。

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民主党政権が進むべき道(4)

官僚支配自民党政権を打倒した民主党政権のこれから歩むべき道を考えよう。

それはこの日本に真の自由主義と国民主権の民主主義の政治を樹立することであり、国家が支配し、制限された自由の経済ではなく、秩序と活力に満ち溢れた国民優先の自由主義市場経済の道である。

まず、世界の中の、そしてアジアの中での新しい日本の国の姿を描いてみよう。日本の経済再生と安全保障の観点から見れば日米同盟が主軸である。しかし自民党政権たる亡国の敗戦官僚がおのれの命乞いのために卑屈に扈従し、国民に開示することが出来ない裏取引で締結された日米同盟ではない。

自由アジア、民主主義アジアの安全と繁栄を目指す新たな主導的使命を帯びた新たなパートナーシップに基づく日米同盟を主軸として、アジアや太平洋諸国から信頼と、そして敬意を集める新たな日本の姿である。そして究極的にはアジア・太平洋地域から軍事的覇権主義の国家が出現することを抑制し、自由と民主主義を守る安全保障機構へ発展させることである。

国内の課題を見てみよう。それは政権交代が必須であった主な理由でもあるが、官僚支配の規制で硬直した日本経済の再生であり、産業の再生であり、そして日本人の生産性の再生である。

亡国の官僚自民党政権が作りだした800兆円にも上る国家財政の赤字と地盤沈下を起こしている日本経済再建の将来展望をしてみれば、悲観することなど全くない。何故なら、GDPで中国に追い抜かれようとも、この国の国民一人のGDPは中国の10倍であり、毎年、200兆円もの国家が使う経費を支払って来たからだ。

しかも、国民の金融資産は1400兆円に上る。そのうち800兆円は国に貸し付けている国債だったとしても、600兆円の資産を持っている。海外への債権も200兆円は下らない。民主党が新しい日本の国家を再生するための財源など、問題にもならないことが明らかである。

喫緊の課題として、景気刺激政策がある。我々の主張は必ずしも民主党のマニフェストと同じではないが、国家戦略も計画性もないバラマキ型の内需喚起策には反対する。そうではなく、成長性があり、衰退しつつある産業に活力を与える景気刺激策を徹底して行うことを主張したい。

そこでは衰退した産業も、企業も、或いは貧困に陥った個人の生活も、基本的には自立自尊を基本とした、活力ある経済活動の再生、再起を喚起し、刺激することである。

その基盤となるものこそ、公平で、機会均等が保障された、しかし秩序と倫理が、いわゆる国民の利益を尊重する公序良俗に従う精神が厳しく求められる自由市場での自由な競争を伴う経済活動である。

政府が国民に補償するセーフティーネットとは、この活力ある経済活動からもたらされた国民の富によってのみ構築が可能である。そしてその主たる意義は、不幸にして経済活動に失敗したとか、或いは財産を失った、病気になったとしても、憲法に保障された基本的人権に関わる応分の最低保障を提供することによって、国民がこの自由な、競争が伴う経済活動に躊躇なく踏み出すことが出来る保証でもある。

当然のことであるが、心身にハンデキャップを持つ人々は無条件にその生存権は一生涯、保障される。そしてこの最低保障とは、年齢的、肉体的に労働が出来なくなり、収入が途絶えたとしても、日々の生活は勿論、医療や介護を自由に受けられる権利を保障するということである。

これは貯金などせずとも、しかし健全な社会生活を営む圧倒的多数の国民が、起業して巨万の富を築いても、或いは普通の賃金労働をしても、すべからく人生を楽しみながら、一生を全うできる経済基盤を保障するというシステムになるはずだ。

この国の経済再生は、すなわち、この国の再生でもあるが、この国民のセーフティーネットが確立されたときに、再び世界に冠たる進歩と発展をはじめるに違いない。

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自民党の責任力とは何か?

官僚自民党政権を保守するために、自民党は、官僚主導の腐敗政治を実績として責任力なる標語を持ち出してきた。果たして彼らが主張する責任力とは一体なんであろうか。この言葉こそ、厳しく問い糾されなければならない言葉である。

1992年、バブル経済を破裂させたのは、実は宮沢官僚内閣であった。バブルの崩壊は、株価、地価の急激な下落で起きたことだが、最初に経営危機に陥ったのが公共事業に胡坐をかいていた大手建設会社のゼネコンであった。融資の担保を土地や株券にしていた銀行も、実はこのとき未曾有の危機に直面していた。

官僚自民党政府がこの経済危機のときに行ったことは、赤字国債で公共事業を発動したことである。しかし、これは歴史的な愚かな経済失政であった。土地を担保にしていた金融機関は恐るべき不良債権の洪水に見舞われていたことを全く配慮せず、過小評価していたからだ。

ここから1999年に至るまで、この不良債権の洪水に対する対策は何ら採られなかった。1997年橋本官僚傀儡内閣が行ったことは、不良債権処理の公的資金はたったの6800億円、しかもそれまでバラマキで発動した公共投資による国債額の増加でバランスシートに大きな欠陥が現れたために、最も安易な増税による収入増を図る消費税の増額であったのだ。

日本の製造業は、金融の閉塞によって活動を抑制され、単なるバランスシート上の業績悪化に直面させられた上に、消費税の増額で消費が減衰する二重苦に苦しめられることになったのである。

製造業は企業の存亡をかけて生産拠点を海外に求めなければならない状況に追い詰められていた。企業基盤の自己資産は地価や株価の下落で一転、急速な劣化を強いられたからである。

国民の生活や日本の産業活動に全く良い影響を与えずに、財政出動は続けられ、企業経営は海外の競争相手ではなく、いってみれば日本政府という身内の愚策によって苦しみ、国民生活もあっという間に豊かさを失っていった。

こうして国民の豊かさ福祉という国民の安心を保障する基盤が崩れはじめたにも関わらず、無意味な財政出動による国家の債務が増加していった。それが800兆円を超える国債発行残高の累積債務に他ならない。

責任力と自讃する腐敗の官僚自民党政府は、この自ら生み出した亡国の経済失政の損失を、今、消費税の増税によって国民に負担してもらうことを主張してはばからない。これを責任力というならば、詐欺の類の言葉の使用だ。

日本政府の国債は、日本が貧しいから豊かな外国に買ってもらったものではない。日本の国民が言わば国の不始末を国債を買うことによって補填してやったものである。それを恥ともせずに、恬として年金や医療を健全に維持するために国民の負担をお願いするという論理は、およそ責任という言葉とは程遠いものであることはいうまでもない。

有体に言えば、官僚自民党の増税による財政再建や財源確保というのは、泥棒が押し入った家のお金を奪い、奪われたほうの家の経済が赤字になったら、またその家の持ち主に金をだせと恐喝していることに等しい。

官僚自民党の言う責任力とは、今や居直り強盗の類の論理であることを私たちは理解しておくことが必要である。

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NHK番組、海軍軍令部高級将校の証言

今の霞ヶ関に、海軍省と海軍軍令部は、国家機関の中で抜きん出た組織として聳え立っていた。それは、当時、高等教育機関の入学試験で最難関であった理由による。

陸軍士官学校と異なり入試倍率の高かった海軍兵学校は、立身出世を目指す全国の旧制中学生にとって最高峰の難関学校であり、時には文官の最難関登竜門の一高を凌ぐこともあった。

士農工商の身分制度が消滅した時代の日本にあって、社会秩序の保持という名分で発生した士農工商に代わる身分制度こそが、日本人を学歴やペーパー試験の点数で決める頭の優劣という身分制度であったのだ。

だからこの国家権力の殿堂の霞ヶ関の海軍省に足を踏み入れることが出来るのは、海軍兵学校卒業は最低限の条件であり、多くはさらにその上の海軍大学卒者であったことである。それ以外は『下郎、下がっておれ』の学閥の空気に満ち溢れていた。これがこの国の官僚組織の本質であった。頭が良い順という、日本の歴史では嘗てなかった人間序列である。

明治維新から日露戦争までの日本近代化は、高等教育とは無縁の指導者によって世界的競争を勝ち抜いた時代であった。しかし、20世紀の日本はこの科挙式選抜法、すなわち記憶力のみを試すペーパー試験で登用された指導者により運営され、それはことごとくが後進的であり、斬新な国家経営や戦略に失敗した歴史であった。

海軍の高級将校自らが証言した無謀な国家破滅の作戦こそが、科挙試験がいかに人間の能力、いってみれば創造性に富む国家的政策思考のダイナミズムとはいかに無縁であったかを如実に言い表した。つまり、人間の本来ある能力とは丁度正反対の人間の選抜法であり、登用法であったことを明確に自白したことでもある。

この虚構の人間序列意識は、戦後も文官官僚の世界に生き残り、ついこの間までの大蔵省は海軍軍令部と同様の役所であった。ここでは『東大法学部卒にあらずんば人間にあらず』が如くの空気に満ち溢れていた。今も変わりはない。民主主義となり、国会議員へは面従腹背するが、この卑しい傲岸な精神は、あの亡国の敗戦を経てもなお、この国に生き続けてきたのである。

霞ヶ関省庁の縦割り意識は、海軍軍令部や陸軍参謀本部の傲岸不遜な精神に起因する。愚かで馬鹿な人間が独善に陥った『広く民意をたずねる』ことを放擲した思い上がりである。しかしその実態は何もない。それ故、国家多端の折にも、彼らに出来ることは問題先送り、責任の国民への押し付けという、浅ましい愚劣な政治の連続であった。

政権交代は、自由と民主主義の地平で、この官僚支配中央集権政治を終焉させることである。ここを超克できず、官僚の力を利用するとか、官僚の自省に期待するという言葉は、官僚容認の詭弁であることを我々日本人は改めて銘記しなければならない。

いみじくも、この番組のナレーターは、今なおこの独善の政治は続いていると最後に発言していたことが極めて印象深い。

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全国知事会など中央官僚組織の別働部隊と見よ

地方分権を担うべき地方政府の知事の出身を見てみよう。その半数が官僚出身者で占められている。そしてこれら官僚出身の知事が、霞ヶ関中央集権制政治の実行部隊の役割を果たしてきたのである。

国民に直接関わる政治、すなわち行政は地方政府たる県とその下の市町村が担当している。当然のことであるが、これらの地方政府が中央政府へ政策立案や予算申請を行ってきた。しかし日本の行政機構は官僚に支配され、頼みとする政策立案や予算執行を指揮すべき国会議員ですらこの官僚機構の壁に阻まれてきた。

地方政府は直接、霞ヶ関へ陳情することになる。この時に官僚出身の知事の出番となってきたのである。

中央に顔の利く、より明確に言えば東大卒の元中央省庁の官僚であることが、腐敗した中央集権官僚政府から利権の予算を回してもらえる構造であったことだ。ここでは、議院内閣制の下でも政策立案や法案作成、予算編成が議員ではなく官僚に依存してきたと同様に、直接的な国家の予算執行の現場においても国民を支配する中央官僚の権力が、その同僚の官僚出身知事を経由してこの国の隅々にはりめぐらされてきた行政の構造を見ることが出来る。

それ故、今回の政権交代を問う選挙を前に行われた全国知事会の各党マニフェストの評価など、見え透いた茶番の評価である。自民党批判のポーズを繕うために、連立与党の公明党に高い点数をつけ、財源確保で不明瞭だとして民主党を最低点におとしめただけである。しかしよく見ると、民主党の地方分権の政策は完全に否定できなかった姿を露呈している。

全国知事会に期待できるとしたら、戦前の全て内務官僚で独占されていた官選知事の伝統を打ち破り、国民はまがりなりにも非官僚出身の知事が半数を占めるように選択するようになっていることだ。そしてそれは、大阪府の橋下知事が、中央官庁の奴隷組織のような地方政府の現状を、『よく今までの知事は文句も言わずに中央の横暴を黙認できたものだ』という声を上げたことは、この中央官庁の下請け行政構造を痛烈に非難し、国民の前に明らかにした意味を持つものである。

政権交代の大いなる意義は、反米、反自由主義や反資本主義の反自民党ではなく、自由陣営の中での権力闘争であるべきだ。すなわち、それは官僚支配政治の打倒であり、政治主導政治への改革であり、官僚制度の改革であり、そして戦後も生き長らえてきた科挙試験を至上とする権威主義や後進的な保守主義との闘争である。

この日本の構造改革は全ての国民が受けたわが国の点数序列主義教育に根ざす、深い病根の改革である。それ故に、民主党政権はこの病根を放置して国民受けを狙うような社会保障に重点を置く政策を喧伝すべきではない。むこう3年を目標の長期戦として、この官僚支配の政治構造改革を必ず実現することである。それが予算を確保し、民主党が掲げる政策の実現への確実な道でもある。

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日本の政治の構造改革は自由主義を標榜する超党派の志である

小泉自民党政権が推し進めた小さな政府、郵政民営化、地方分権は、脱官僚政治を志したものである限り、国民の支持を勝ち得るものであった。惜しむらくは、官僚の凄まじい抵抗と妨害工作にあい、小泉の政治信念であった郵政民営化、道路公団民営化の実現が危ぶまれたぎりぎりのところで官僚たる抵抗勢力と妥協したことによって、換骨奪胎された改革で終焉してしまった。

しかし、小泉郵政民営化選挙での大勝は、小泉改革が不完全に終わり、その反動として様々な社会的矛盾や弱肉強食的格差が拡大し、この圧倒的な国民の期待を裏切る結果となったと批判される結果を招いたとしても、小泉が掲げた脱官僚政治の大道は、国民が今でも願う政治改革の生命線であること忘れてはならないことである。それが小泉郵政民営化選挙大勝の大きな意味でもあるからだ。

そしてそのことは、失敗に終わった小泉改革の後を、民主党政権がきっと脱官僚政治を実現してくれるだろうという国民の期待が変化したことを、民主党はくれぐれも忘れてはならないことである。この国民の絶大なる政権交代、政治刷新への期待の観点から見れば、小泉抵抗勢力であった国民新党や反小泉官僚政治家は、民主党の戦線に加えるべきではない。

 まして自民党批判のために、小泉改革を槍玉にあげ、それを完膚なきまでに否定することは、大多数の国民の願いを踏みにじることであることを銘記しなければならない。

 振り返れば、自由主義の自民党、資本主義の自民党を悪の対立軸として、その反対側である自由主義否定、資本主義否定、日米同盟否定、社会主義擁護の政治論争こそが、55年体制の不毛の政治論争であり、政権交代が生まれなかった元凶であった。

 似非自由と民主主義の自民党の対立軸としては、国家社会主義的官僚支配自民党政権に対して、真の自由と民主主義の政党として民主党が戦いを挑むべきものである。来るべき政権交代のための選挙は、こうあらねばならないのである。

 すなわち、自由主義の旗の下で、国民の自由と主権を制限する官僚至上の中央集権政治を終焉させる第一歩のための戦いであるという大義である。それは、官僚が差配する大きな政府か国民主権の民主主義政治が実践される地方分権の小さな政府かを選択する最初の選挙であるという意味でもある。

 社会主義や社会民主主義というものは、労働者を主体とする名目の依然として官僚が管理者となる政治構造である。それはなんとしても避けなければならない。

民主党は、政権樹立にあたって労働組合や社会主義、或いは宗教団体の政党の連立など想定せずに、無党派層の、真の公平な自由主義を求める国民の支持を集める努力をすべきである。500万人の労働組合の支持ではなく、500万人の無党派層の支持を集める政治理念を確立し、そのメッセージを発信することである。

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民主党政権が進むべき政治的大道(3)

中央集権制を廃して国民主権たる地方分権化へ進む大道を示そう。

民主主義の原点たる国民主権の政治は、すなわち行政の大半は国民と密接な関わりをもつ地方政府によって運営されるべきことは言うまでもない。社会福祉、教育、地域産業振興から環境保全までである。

自民党官僚政治は、この国民主権の行政を阻害し、行政を中央政府の権力下にひざまずかせ、監視と管理下に置くことに腐心してきた。

そして最も重要なことだが、議員内閣制の下で自民党政権は行政の各部門の最高責任者が官僚支配を容認しなければならない構造を作ってきたことだ。国民主権の行政を実現させるためには国会が選択した首相は勿論、首相が指名した各部門の最高責任者は衆議院が解散されない限り交代させてはならないことである。首相の不信任は議会ではなく、国民が直接判断すべきことであり、官僚の抵抗や議会の勢力争いで首相の指揮命令の権限が阻害されてはならない。これが新たな政治を構築する上で、最も重要な条件だ。

首相権限すら制限することが出来る議員内閣制が官僚支配政治を容認し、そのことが国民の代表たる政治家を予算分捕りの利権屋に貶め、官尊民卑の公務員独善の腐敗した国家運営たる利権行政の温床になってきたのである。そしてこの醜悪な中央集権制を覆い隠し、正当化するために教育の頂点に置かれた官僚輩出の東大が利用されてきた。

この大きな腐敗と後進的な政治構造を刷新するために、第一に国と地方の二重行政を廃止・統合することであるが、それは官僚支配の根拠となる馬鹿げた入試点数序列ピラミッド構造の教育の刷新と独立しては達成されないはずである。それ故、行政の地方分権化だけでなく、国立大学の地方移管も肝要な構造改革となる。

さて、地方分権化は有体に言えば中央官庁支配の二重行政の廃止である。その典型は、厚生労働省が管轄する医療、年金、その他の社会福祉行政であろう。道路や港湾建設、農業や地場産業の振興も、それぞれの地方の必要度や効率性を優先させるべきは当然のことである。この点から言えば、国と地方が重複する行政は、国土交通省、経済産業省、農水省にも及ぶ。中央官庁の外郭団体などは全て廃止するか地方政府の行政機能として取り込めばよい。 そして教育は、本来、国家権力の支配を受けない姿が望ましいことは言うまでもない。特に大学はそうである。国立、県立、市立大学はことごとく県立大学でよい。将来的には旧帝大系の大学はその設立基盤からの見直しが必要であろう。すなわち、巨大国営企業と同様に民営化して、私立大学化する選択もある。

新政権の進むべき政策を要約すれば、厚労省、国交省、経産省、文科省、農水省は解体に近い再編が必須である。

その他の改革の対象は、公務員労働組合に対する外科治療である。地方分権化に対する中央官僚の次に巨大な抵抗勢力となるのが、この地方公務員の労働組合であるはずだ。それは赤字垂れ流しの国鉄を民営化するときと同様に、官僚、公務員の最後の抵抗勢力として立ちはだかるであろう。

公務員労働者の組織を支持基盤とする民主党に残されている最大のハードルとなるであろう。これを乗り越えるために、民主党政権は公務員500万人に代わる新たな国民の支持を取り付ける政治改革、構造改革を粛々と遂行することである。国民の信頼を失った社会主義者や労働組合なぞ恐るるにたりないことを銘記すべきである。

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民主党政権が進むべき政治的大道(2)

中央集権制を廃して国民主権たる地方分権化へ進む大道を示そう。

その第一歩は官僚支配自民党政治の中央官僚から国家予算を取り上げることである。このことが最も枢要な政治改革の入り口である。何故なら政治は国民の富たる財政によって運営されるものだからである。そしてこの国民により築き上げられた財産こそが国家そのものの力であるからだ。

中央集権制の官僚は国富たる国民の財産を壟断してきたことに他ならない。彼らが政治を支配することが出来たのもここに源があり、それは単に国家予算という金庫を独裁することによって容易に実現可能であったのだ。たとえ特定の、一握りの学閥によって国家の財産は押さえられ、官僚天下の中央集権制腐敗政治をまんまと許してきたことを意味する。

民主党の道州制的二重支配の構造は望ましくない。地方分権の最初の一歩は、現行の地方自治体を前提として、官僚支配の補助金と国直轄事業を全廃して全て地方交付税とすることである。その次に特別会計の闇を一つずつ解体してゆくことだ。即刻実現可能な特別予算の一般財源化への移行を始めることである。その一つは、いつの間にか曖昧にされた道路特別財源59兆円の一般会計への移行である。

ここで財源の問題として財務官僚や御用の有識者達がこの国の財政状態を嘆くことに心する必要がある。彼らは国家の借金が1000兆円に達することを挙げ、財政再建や増税の必然性を叫ぶ。しかしこの屁理屈こそ亡国の官僚支配政治擁護の詭弁であることを我々は厳しく糾弾しなければならない。

国債残高が800兆円になり、国民一人当たりの借金が700万円になるというが、これのどこに不安があるというのか。日本の国債は日本国内でしか販売されていない。官僚達が作ったこの借金は、国民が国債を買ったものだ。だから国民はいわば貸し手である。それを国民一人当たり700万円の借金などと喧伝するのが、いかに噴飯物であるかが分かるだろう。

日本は世界有数の債権国である。イタリアで起きた13兆円の米国債事件は官僚政治の闇の一部であると推定されるが、米国債を100兆円持ち、世界中に融資してきた。その額は恐らく闇の特別会計250兆円に匹敵するはずである。

それから民主党が財源とする予算執行の無駄は特別会計250兆円の1割、25兆円は下らないし、公務員給与は退職金、年金を含めれば2割ならず3割削減が適切である。更に遊び呆けるために存在する独立行政法人への予算は少なくとも2~3兆円はある。公務員の雇用を保証してこれらの無駄を廃止し、全廃するだけで少なくとも50兆円は税収に頼らずに今でも計上することが可能である。

これらの国家予算を、中央政府のひも付きでない形で地方自治体へ還流させるのである。ただし、地方自治体とその住民には、企業経営と同等の責任があることを銘記させる必要があることと、予算執行の説明責任と透明性を確保する仕組みが即刻、必要であることはいうまでもない。

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民主党政権が進むべき政治的大道(1)

来るべき衆議院選挙において民主党政権が樹立されたなら、民主党政権が進むべき政治の大道を示そう。それはおそらくこの国の歴史に際立った政治改革の金字塔として記録されるに相応しい国民主権の民主政治へ歩む最初の道でもある。

この大道こそは、小沢一郎が政治生命を賭して体制の中で、或いは反体制の党として激しく自民党政権に迫った官僚政治からの脱却の道であり、官僚が支配する中央集権制から国民本位の地方分権政治への道である。今では民主党の政治理念として刻まれた『霞ヶ関解体』という具体的な姿で語られるまでに至ったが、国民が願う救国の政権交代こそが、その道である。

霞ヶ関を解体して地方分権化へ進む道とは、官僚が支配してきた中央集権制の政府から国家予算を奪い、国民本位の行政運営として使うことである。具体的には国民の目に触れることなく、官僚の恣意的運営に委ねられた闇の国家予算たる特別会計を白日の下の晒し、この莫大な国民の富を今こそ国民の手に戻すことである。

思い返してほしい。小泉-竹中政権が発動しようとした国と地方公共団体の三位一体の改革を。これは(1)国家補助金制度の廃止・縮小、(2)税財源の地方委譲、(3)地方交付税の見直しの3つであった。これは官僚から国家予算執行権の一部を奪い、官僚支配を排除する最初のきっかけになる目的をもつものであった。

けれども、この自民党政権の体制内の初めての改革の試みは『抵抗勢力』たる財務官僚とその学閥の力に押され、国家財政の健全化という大義名分に負けて、結局はいつものように骨抜きにされ、あろうことか6600億円の財源委譲と引き換えに2兆円の補助金と1.7兆円の地方交付税が削減され、地方が更に苦境に立たされることになったのである。

そしてこの予算削減から起きた地方の疲弊は、小泉-竹中構造改革に原因があるとされた。当時の岡田克也を代表とする民主党もあらん限りの罵詈雑言をもってこの小泉-竹中構造改革を非難したが、それは財政健全化を触れ回って増税を推進する官僚の思う壷のストーリーであった。

反対のための反対がこの国の政治闘争の不毛を起こしてきた原因である。そしてその反対のための反対は、時に国民が望んだ方向とは全く逆の方向へ自らを陥れ、国民の期待を裏切ってきたのである。それはなにかといえば、この国の政治の貧困の元凶たる『官僚政治』を真っ向から否定する大きな政治闘争の大義を国民の目からそらすような矮小な政治的批判、政治的主張に終始してきたからだ。

小泉-竹中の改革が失敗した理由は、官僚と妥協したことにあることに注目せよ。そして官僚と妥協することなく、この大道を歩むことがいかに困難な道のりであることかも銘記せよ。何故なら、官僚が張り巡らした法の網の壁が高いことと、民主党内にも官僚に手を貸す似非民主主義者や似非正義感に束縛された官僚優位の信条を持つ者が依然として存在しているからである。

願わくば、官僚一派が考えた2重構造の道州制のまやかしをきっぱり否定して、小沢一郎が政治生命を賭して叫んだ「霞ヶ関解体」の理念の下に、政権交代を願う勢力は今こそ団結してほしい。

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郵政民営化『カンポの宿』の混乱の中で

郵政民営化に絡んでカンポの宿売却問題で悶着が発生した。この問題は、この国の改革が何であるかを曖昧にして、郵政民営化に象徴された官僚政治からの脱却を後退させる動きに利用された。

中央集権制官僚支配に迎合した西川の不正は厳しく糾弾されなければならない。しかし鳩山邦夫の西川批判は、非東大卒社長の西川をさらし者にして、民営化を逆回転させようとする官僚のシナリオであったことを忘れてはならない。

民営化された公社や独立行政法人などが名ばかりで、中央省庁の支配がさらに強化されていることに注目せよ。カンポの宿にしても払い下げの規準や手続き、払い下げ評価額は総務省も同意の上であり、その計算法は、つい最近の厚生年金流用のグリーンピア売却とそっくり同じであることをである。

そして財務省と一体化してきた大銀行の頭取を民営化した郵便会社のトップにした誤りを突かれて、いわば謀略的に民営化の是非を問う国民世論の誘導に摩り替えられ、体制派マスコミが小泉―竹中改革を批判する。この動きに騙されてはならない。

しかし自民党政権の自己改革能力の無力さ、或いは自浄能力の喪失というべきであるが、この国の議院内閣制の行政がすべからく官僚に依存し、官僚が作る法に支配されてきたことを、このカンポの宿問題で露呈したというべきである。

小泉構造改革の狙いを思い起こそう。すなわち、構造改革と位置づけられた郵政民営化の主たる狙いは、官僚から権限を奪う試みであったのだ。財務省に支配された特別会計の大きな闇である財政投融資の資金源である郵便貯金を財務官僚から奪うことであり、戦前から続く中央集権官僚支配から地方分権へ道を開く財源委譲の三位一体改革もこのことに連動するものであった。

今回のカンポの宿の問題は、小泉-竹中構造改革が中途半端に終わり、この国の政治構造が民営化した後でも官僚支配が根深く残っていることを物語る。

岡田民主党は小泉郵政民営化選挙で大敗を喫した。それは岡田克也らが政権交代だけのために、国民的に支持された争点をすら念頭に思い浮かべられなかった無能の証明でもあった。いや、岡田自身が官僚の立場に立つ、いわば抵抗勢力側の様相を持っていたからであろう。

それは政治の構造改革を支持した、今では政権交代を希う多くの国民を混乱に陥らせる恰好の不祥事であったからだ。

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学閥に壟断された国

教育が国家100年の大計と言うならば、この国の教育は100年もの間、不正義の国家大計を担ってきたというべきであろう。何故ならば、この国の教育は西欧の模倣から始められたとしても、それは西欧の方式を利用して人間の序列を定めるための道具として使われてきたからである。

教育が国家100年の大計というのは、人間世界は人間が作る文明文化や自然科学の進歩によって発展することを前提とする言葉であるからである。そしてそれは常に新しい人間の力を産み出すためにこの世界の有り様を新しい世代へ伝え、混沌世界の中に新しい秩序という文明の光を灯し続けることを意味する。

それ故に、教育は人間の育成をはかることと共に国家のみならず、この地球という人間世界の発展と繁栄を期待して試みられるものである。時代は常に流れ、一段一段づつの階段を昇るように、人間世界を人間の知恵が理想とする世界を目指して、絶えず歩むための営みとしてである。

教育が世俗の特権や排他的な利益追求の道具と堕したとき、おそらく人間社会は破綻し、崩壊の道を歩むに相違ない。この国の教育を振り返れば、教育機関を設立した当時の素晴らしく崇高な理想すら、創立者の存命にもかかわらず脆くも崩れ去っていたことを我々は知ることが出来る。それは何故か、教育が国家権力の官僚支配に従属したからに他ならない。

公平に見るためにウイキペディアの文言を引用しよう。

三田閥 慶應義塾大学出身者の学閥。金融界など財界(大企業経営者)。

稲門閥 早稲田大学出身者の学閥。出版業界,マスコミ業界・政界、法曹界

白門閥 中央大学出身者の学閥。地方公務員・法曹界。

桜門閥 日本大学出身者の学閥。主に建築業界(中小企業経営者)、芸能界

赤門閥 東京大学出身者の学閥。高級官僚・学界・政界・財界一般

鉄門閥 東大医学部出身者の学閥。医療界

如水閥 一橋大学出身者の学閥。主に金融界や財界一般

政財界 7大学閥 1 慶應義塾大学 2 東京大学 3 早稲田大学 4 京都大学 5 中央大学 6 明治大学 7 日本大学

この分類は、この国の閉塞感を言い表している。それは人格識見が高邁な人間を排斥し、むしろ劣悪な人格の者たちが権力を握る中央集権制の下での後進的国家構造であったことだ。そしてそれはこの国の教育が人間の育成や学問追及という根源的な教育の目標を放棄し、学閥に列することが最重要の教育であり、権益確保の根拠とされたことを意味しているのである。

それ故、この国では国家権力の思惑による教育と研究しかなされてはこなかった。だから日本は世界に冠たる経済を持てる民族でありながら、西欧の模倣から脱出できず、政治的にも学問的にも世界に先駆けて日本の息吹を発信し、世界に伍してゆける国家足り得なかったのである。それは今でもそうであり続けている。

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中央集権制から地方分権の国民主権の政治へ

明治の国家近代化は高等教育とは無縁の国家有為の日本人によって支えられたが、官僚中央集権制に壟断されて以来、この国は世界に誇れる日本の国民が一握りの行政官にひざまずく政治を強いられてきた。官僚政治によってこの国は発展してきたのではなく、官僚政治の下で苦しめられながら、西欧列強に伍して発展してきた。

しかし、官僚政治は20世紀に入るや、亡国の道筋を一直線に先導する愚劣な政治の主催者であった。いわく、シベリヤ出兵、平価金本位制、金融恐慌、米騒動、言論弾圧、ファシズム化、軍部独走の容認、そして満州進出から亡国の太平洋戦争への歴史であった。

戦後、この国は奇跡的に経済復興とともに国家復興が達成されたが、この国家の復活は敗戦後にも生き残った官僚政治によるものではない。それは自由と民主主義を与えられた多くの日本人民草の力による。そしてこの国が絶頂を迎えたとき、すなわち1980年代、最も国家の政治が重要なときに、戦後に生きながらえた中央集権制の官僚政治は、再び亡国の国家指針を発動した。

この国を世界の経済超大国に押し上げた国民の力は、国民無視の誤った行政政策により、それから30年の時が経ちいま、バブル経済の崩壊、日本農業や製造業の衰退、そして国家の土台たる国民の安全保障、すなわち豊かな国家でありながらずさんな社会保障制度が露呈し、経済や産業、それのみならず医療や教育、法曹や言論に至るまで、破綻に瀕する事態が出現している。

皮肉なことに、或いは不運なことというべきか、この国家衰退は東大を頂点とする入学試験、すなわちそれは歴代中国王朝を破滅させた官僚登用の科挙試験と同類のものであるが、その試験至の高等教育を目指す国民の数が増加することに逆比例して、加速し、着実に二度目の亡国への道を歩んできたことに我々は注目しなければならない。

政治も教育も国民の土台から出発すべきものである。立身出世を餌に、高みを目指す席取り競争の教育を廃し、それに根ざす上位下達の政治を最早、拒絶しなければならない。これは虚構の知性であり、独善の政治の源となって来た悪辣なものであることは、この国の不幸な歴史の中ですれに証明されていることである。

日本国民の力によって生み出される国家財政は毎年230兆円を超える。しかし中央集権制の官僚政治はこの国民の富に寄生し、しかし国家予算の配分を壟断し、不正の限りを尽くしてきた。国民に優越する知性など存在しない。国家有為の人間はペーパー試験で選抜されうのではなく、むしろ国家に殉ずる心はペーパー試験不合格を志望するはずだ。国家の運営もそうである。選抜された官僚が、この大和の国を統治できる能力などあるはずはない。

国民の富たる国家予算は、地方に散在する国家有為の人材による差配にゆだねるべきである。官僚政治を撃つ究極の目標が、ここにある。

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国民主権と官僚支配との闘い

民主党代表が小沢から鳩山に代わり、鳩山が明瞭に『官僚政治の打倒』を表明したことはこの国の政治闘争にとって真に正しい争点の呈示であった。同じ東大の卒業生であったけれども、官僚出身で官僚政治の生き残りを容認する岡田代表であったなら、恐らく日本の政権交代は10年以上、先延ばしされ、こんどこそ日本は崩壊の危機に瀕する事態になったはずである。

このブログの最大の主張は、自由主義と社会主義の闘争ではなく、世界に冠たる社会主義的官僚の中央集権政治、今では利権にまみれた腐敗と後進的政治に堕した自民党政権の抜本的な改革である。それ以外の政治思想的な論争は全く意味を持っていない。

自民党も民主党も、目指すべき政治は国民主権の政治である。そこでも政治上の争点は官僚支配政治の継続か地方分権に象徴される国民本位の政治の選択であるかが問われなければならない。しかし不幸なことに、官僚主義というより、今では官僚依存に堕した多くの議員を囲う自民党と、官僚容認、社会主義容認の議員を囲う民主党という姿が透けて見える。

社会主義や共産主義というのは『大きな政府』を必要とする中央集権制の国家構造である。社会福祉とこれらは別の範疇のことで、社会主義であろうが自由主義であろうが、国民の需要がある限り発動される政策の項目である。そして大きな政府は中央集権制であるから現在と同じ中央政府の官僚機構を必要とする。ここに大きな問題を含み、多くの日本人はそれを選択しないはずだ。

民主党が自民党を打倒して政権を樹立したときに、恐らく連立で内閣を作るはずである。そのときには、政治闘争の争点がそうであったように、地方分権を目指し、国民が我が手で作れる政治が実現されるように、広く官僚政治を否定する勢力と連合する必要がある。決して中央集権的な労働組合や社会主義の論理に妥協しないことである。

この日本は鳩山由紀夫が示したように、総額230兆円の国家予算の10%以上が浪費されてきた。民間企業の平均を3割上回る公務員人件費だけでも35兆円にも上る。国民無視、国民蔑視の官僚政治を絶つだけで、この国に欠けている国民の健康や老後を保証する国家機能の財源確保は容易なことである。

矛盾や不公平に満ち溢れているこの国の構造を改革するために、我々はこの国民主権と官僚政治との闘争が救国の政治闘争であることを再度、認識する必要がある。

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東大解体闘争は権威主義に対する抵抗であった

学問の世界の腐敗、すなわち大学の腐敗は、歴史的に見ても学問を志すべき人間が権威主義に陥り、時の権力と癒着することから始まる。そしてわが国は、学問の世界への登竜門として科挙制を、すなわち没個性の試験成績のみをその及第の基準としたことから腐敗が始まったと見るべきである。

中国の科挙の序列が、皇帝という権力者への距離の近遠を意味したように、日本においても権力への登竜門となり、それは大学自身がいわば権力序列を形づくる基準となったのである。昔の旧制帝国大学と呼ばれた学校に通った者ならば、この試験成績の序列が大学の絶対的な秩序であったことを身を持って体験したはずである。

その世界では教授が全能の権威者であった。助教授以下の全ての研究の徒は、いわば権威者にぬかずく奴隷の如くである。それは東大といわず、帝大系大学の医学部で顕著であった。何故なら、医師としての能力ではなく、試験成績が、すなわち既存の知識に長けたものや、時に権力者と結びついた者がその地位を独占できたからである。そしてその地位こそが、大学の組織のみならず学問の世界を支配する秩序の根拠となったのである。

明治以降の日本や日本人が、独創性にかける模倣の文化しか作れなかったという批判があるとすれば、それは大学自身が権威主義の腐敗の水に最初から汚れていたことに原因があるに違いない。そして人間の関心や能力、学問探求への挑戦を全く顧みない、独創とは無縁な不毛の暗記教育が行われてきたからである。

東大受験を諦めた者は、前途が閉ざされたような絶望感を味わい、東大に入学した者も己の探究心を否定されて、点数序列の人生の選択を迫られて愕然とする。恐らくこの国では、新しい世代が文明の進化に寄与する挑戦をはなから否定した教育を施してきたのである。それが国民の力で表現されるこの国の国力とは大きく隔たった国家運営のありように如実に現れている。

亡国の教育は官僚支配国家として日本を作り、この国に色濃くその害毒を流し続けてきた。東大闘争は、やがて支配層になる人間ではあったけれども、この絶望的な学問の場の理不尽な権威主義に対する抵抗運動であったのである。そしてこの抵抗は、生活の貧しさ、豊かさとは無関係に全国の若い学生に共感されて大学紛争へ発展したものだ。決して政治理念や経済理論の闘争ではなかったのである。

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東大解体闘争後40年

東大解体闘争、或いは安田講堂攻防戦と呼ばれた学生の反政府活動が終焉して40年の時間が経ってしまった。あの事件のとき、私達は大学4年生であった。北海道から九州まで、全国の大学で紛争が起こっていた。今、振り返ってみても、当時の私達世代の人間が、何故、反政府的行動を取ったのか実は分からない。

漠然としたこの国の仕組みに対する反感はあった。自由と民主主義という原理から著しく乖離した権威主義や官僚主義の匂いも、年功序列とか、学閥系列化などの腐敗臭も感じていた。しかし、入学試験点数による大学や人間の序列化は、自分達がその中の上位に置かれていたという意識ゆえに、肯定的に容認していたように思う。

特に東大では、試験成績が人生の全てを決める要素であり、成績トップのものから順に能力的にも仕分けされるという原理を、公平な基準であると信じて疑わなかった。成績優良者は、能力以外に、それだけの努力もしたという意味において、この人間の類別化、差別化には正当性があると考えてきたからである。

そして、権力擁護の右派であれ、反権力の左派の人間であれ、学問の場であるが故に、その公平な尺度で指導的な人間の養成が行われるかぎり、国家有為の人材供給組織としての大学のシステム自体を否定する立場ではあり得なかったのだ。大学のシステムの中で落伍する人間は、怠け者か無能力者か、或いは過激な反体制の人間か、という類型化がそれほどの抵抗もなく受け入れられていた。

この意味において、東大解体論或いは東大闘争と呼ばれる学生の反政府運動には、最初から学生自身の中にその闘争の意味や意義を持っていなかったといわなければならない。だから、反米、反自由主義という政治イデオロギーの影響の下にこの学生運動はおとしめられ、政治的権力闘争の道具として利用された。

そして左翼政治のプロパガンダの道具として利用されるほど矮小な行動であったから故に、この国の政治システムや国家の理念を改革する闘争としての意義を最初から喪失し、結局は大いなる喜劇か、悲劇か、或いは児戯に等しい左翼革命ごっこの大失敗の政治行動で終焉したのである。

東大解体闘争の理念に欠けていたものは何か。それこそが東大は、かつての東京帝大から今日まで独善的官僚を輩出し続け、その独善的官僚主義を支える学問的根拠となってきたという理解である。

すなわち政治的或いは国家有為の人間を、まさに中国歴代の科挙的選抜法によって選別する恐ろしいほどの権威主義の根拠であり続け、一度は亡国を導いた悪弊としての存在であったという認識の欠落であろう。

そして東大の権威主義が国家有為の人材発掘と養成の場ではなく、東大はむしろ国家有為の人間の選抜や登用を阻む虚構の学問の門として存在し続けてきたという歴史的分析の欠如であったといえる。

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道州制の基本的意義は東大官僚支配の中央集権制の打倒である

道州制の制定のみならず基本構想そのものを決める法案が先送りされた。この国の御用学者集団である東大主導の有識者会議なるものの常套手段である。しかし、今回ばかりは先送りは是である。理由は政府官僚がまとめる制度の基本理念など、噴飯物であるからだ。

東大主導の官僚が考え出す政治制度改革など政治不信や批判をかわす卑劣な衣替えに過ぎないからだ。すなわち、地方分権とか地方自治の拡大という美名に隠れて、腐敗した官僚組織と中央集権制を合法的に延命させる仕掛けと理念が含まれている。

それ故、東大有識者-官僚を排除した検討の場でこそ、この本物の日本の民主政治実現のための制度や法律は構築されるべきだからである。そして官僚の代弁者である東大法学部卒の、有体に言えば知的能力に恵まれない鳩山邦夫総務大臣が指示したという制度改革の意義を決める法案成立を先送りすれば、それは現行の腐敗した官僚支配政治を延命させることと同じ意味を持つ。

制度理念を批判して延期を要請すること、最初から悪意が仕込まれた法律成立を先送りすることは、既得権の悪弊を温存させようとする官僚の常套手段の思惑と一致する仕組みなのだ。

国民が気がつけば、小泉-竹中構造改革は悪政の極みとされ、政治と行政の改革ははるか彼方に後退させられている。しかも政治や行政改革を叫ぶ野党であっても、この東大官僚主導主義に毒されて、自民党内部から立ち上がる反官僚勢力を完膚なきまでに叩き潰そうとする。

かくして、日本の野党も東大権威主義の大きな傘の下で、日本の後進的官僚支配中央集権制の政治運営を反体制の側から推進する共同正犯であったのだ。東大は、誰一人、合格する自信も確信も持てない席取り競争に勝つた者が進学する学校である。点数競争の暗記学習に成功して運よく人より高い点数を取っただけの人間が進む学校である。

そしてこの学校の卒業証書を持つことで官僚でも学界でも、法曹でも、一昔前なら銀行などの御用企業でも、排他的な利権の恩恵に浴せるが故に、人格貧しく、能力無き者達が望む立身出世の唯一無二の手段となってきた。真の学問を欲するものは、この入学の動機と刻苦勉励の暗記作業など、はなから拒絶するに相違ない。

すなわち、東大が最高の競争点数である限り、東大は学問の府に相応しい人間の選抜に失敗してきたことを物語っている。学問を志す者にあるまじき権威主義を最初に選択した者達が進学した学校であったからだ。それ故に、明治の近代化革命に成功したこの日本は、東大官僚、戦前にあっては東大と並び称された陸士・海兵卒軍事官僚によって亡国したのである。

百年に一度の世界的経済恐慌の前夜は、この世界に優れる日本人と日本の国家が世界的にも主導的立場に立てる、やはり百年に一度のチャンスであったはずである。しかし東大が養成した官僚や有識者なるもの達のかくも浅ましい性根のために、この麗しき日本民族と日本はその機会を失い、能力で劣る西欧、アジアの他民族の後塵を今も拝し続けているのである。

この国の構造改革の原点は、40年前の東大解体のスローガンに謳われた日本の教育の革命的革新である。

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官僚政治へのペナルティーは賃金カットから

東大を頂点とする学歴主義と官僚主義が一世紀以上もこの国を覆い尽くして、常に反国民的、反日本民族的政治と国家運営が行われてきました。これは最早、議論の余地などないこの国の諸悪の根源というべきことです。

10年以上前に解禁された「派遣労働者法」。一体、誰が、どんな有識者が、どこの学校の研究を基に、この世界に恥たる法律を作り、国家が非文明国家社会の労働の搾取、有体に言えば「ピンはね」容認法を作ったのでしょうか。東大の研究と東大出の官僚・学者によって作られたのです。振りかえれば、この国の法律や仕組みは、反国民的なものばかりでした。国民の権利は少しも守られず、国民の財産たる税金は滂沱の如く浪費されられて来ました。

政治の最高責任者の首相にこれらの全ての責任があるわけではありません。この国の政治的最高責任者など、いわば東大官僚の悪政の尻拭い役か、辞任して責任を取ったことにするトカゲの尻尾役にしか過ぎません。悪政の本当の責任は官僚養成・輩出学校である東大にあります。そして東大を頂点とした官僚組織、御用意識に凝り固まった公務員組織にあるのです。これが常に国民蔑視の腐敗組織でした。東大は腐敗する人間の養成機関にしか過ぎなかったことを意味します。

今、民間企業の経営が苦しくなり解雇の嵐に突入しようとしています。この問題では企業の御用組織たる労働組合に大きな責任がありますが、ここでも役所と同様に東大を頂点とる官僚主義がはびこり、自分達の既得権を守ることしか興味のない運営をしてきた馬鹿者どもの巣洞です。派遣労働の不法行為は、この御用の労働組合やその上部組織の連合によって容認されてきたのです。まさに犯罪でした。

企業が経営を守るために解雇や採用抑制策を取るのではなく、世界では当たり前のことですが、在職者の賃金の1割、2割カットを行ってでも雇用は絶対に守るという国家的な意識が絶対に必要なのです。そして全ての日本人の雇用は守られなければなりません。弱者や若い世代へのしわ寄せは決して容認してはならないのです。

それと同様に、国家の財政が破綻しそうだというなら、年間30兆円にも40兆円にも上る公務員給与を1割でも2割でもカットすることこそ肝要な政治政策です。田母神幕僚長とか守屋事務次官の退職金が6千万円、7千万円、そして年金が400万円を超えるというのは、まさに国民をなめきった制度政策にほかなりません。

全ての公務員がこの不法な制度の恩恵にあるなら、公務員給与を民間企業並みに3割カットして、この国民の冨を社会保障制度の原資に給すべきことは論をまたないことです。年間10兆円を超える国家財政の有効活用になるのです。

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政界再編は、官僚対反官僚の対立軸で試みよ

この国の政治闘争の対立点は、腐敗の自由民主党vs正義の社会主義政党という構図ではありえなかったのである。体制派を右派、反体制派を左派とするならば、この国の政治的対立軸は東大主導官僚主義vs非東大の自由と民主主義の対立であるべきだったのである。

それゆえ、科挙教育の悪弊を強調するために、この政界再編をあえて官僚vs非官僚ではなく、東大卒vs非東大卒との闘争と位置付けしてみたい。

日本は、科挙式官僚選抜教育とは無縁な日本人によって侵略の時代の19世紀を生き抜き、西欧列強の植民地化侵略を受けることなく、アジアで唯一、西欧列強の一角と戦争をして勝利した。しかし戦乱の20世紀に入り、東大卒官僚が跋扈し始めたときから、この世界に比肩できる日本民族の国家は変質し、自ら破滅と亡国の道を歩み始めたのである。

それは、陸士海兵卒のエリートともてはやされた軍事官僚と東大独占の文官官僚のあまりにも愚かな政治によってである。シーメンス汚職の海軍、シベリア出兵の陸軍、そして最初の東大卒首相の加藤高明の対華21か条の要求に象徴されるように、科挙官僚の跋扈によってこの国はあの悲惨な敗戦に至る理念も戦略も持たない愚劣な烏合の衆の官僚政治を強要され、一度は亡国したのである。

日本が戦乱の20世紀に敗北した原因を俯瞰しよう。それはエリート意識だけはすこぶる高い軍事官僚と文官官僚の下らぬプライドのために亡国したといってよい。戦争を前提とした政治や経済の国際化の中で、日本の国だけが陸軍が偉い、海軍の方が試験が難しい、何をいうのが帝大法科が天下一じゃと言っていた政府によりこの国は運営されていたのである。

「五族協和の満州建国」や「アジアの独立」という当時では世界最高の正義を日本は持っていた。しかし大義名分を持ち、実力も持ちながら何故、愚かな戦争を起こし、悲惨な国家破滅の敗戦に至ったかは、外交戦略で負け、陸軍は海軍と協調もせず満州。アジアで暴走し、海軍はアメリカとの戦争にのみ注力していたからだ。

それは今現在のこの国の政治状況と同じく、プライドに凝り固まった政策も理念もない烏合の衆と化した官僚を糾合できる政治家が不在だったからである。なぜか、明治以前の優れた、破格の日本人を科挙教育は抹殺し、下劣な知性の人間をこの国の指導者として送り出していたからである。

アメリカ一極支配が終焉しようとしている現代にあっても、東大主導の日本政府は20世紀初頭と同様に、為すすべも無く、世界をリードすることも出来ず、存在感すらなくアメリカに従属している。それは日本人の叡智を集める政府一丸が出来ず、国民の目が届かぬ政府の中で、傲岸に自己満足している無能の政策集団に過ぎないからである。

再度、協調しよう。歴史的教訓と現在の喫緊の救国の観点から、一度は東大卒の学歴の人間、政治家たちを否定的に評価しなければならないことの意義を!

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亡国のエリート選抜の科挙教育を廃せ

明治に始まった日本の近代教育は、エリート官僚を養成する帝国大学を頂点とする選抜試験の教育でした。すなわち、中国の科挙試験と同じ趣旨と思想を持った教育でした。

そしてこの教育が世界に優れる日本人を日本の国家みずからが排斥し、膨大な数の亡国の科挙官僚を輩出し続けてきたのです。このことは今の日本の教育で養成された者が国家枢要の人材というものではなく、およそ優れた日本人を代表する人材では毛頭なく、卑しい立身出世にのみ関心が深い凡庸な人間の選抜と養成に過ぎなかったことを、この国の歴史は示しています。

それは、明治維新以後、世界に羽ばたくべき20世紀の時代を、まったく正逆の亡国の道へと誘導した愚かな日本人の群像がそれを如実に物語っています。亡国の敗戦から、19世紀の奇跡を起こした優れた日本民族は再びアジアの奇跡を実現して蘇りました。

しかし、優れた日本人を見下す科挙教育を及第した勝者とうぬぼれる愚かな人間どもによって、20世紀初頭に見せた世界に恥たる日本人の無様な姿を再び世界に晒しています。

日本の中だけでしか通用しない高慢、高飛車、傲岸無礼を平気で行い、それを高尚な知性と錯覚を起こす人間どもの跋扈で、この国は再び死に至る病の淵にあるんです。殺された年金制度改正の責任者の元厚生労働次官の山口も、本来は臆病な人間でしたが省内では高慢、高飛車な人間でした。その彼に象徴される東大法学部を頂点とする官僚、法曹、そして今では医者が、おそらくこの国の進歩を逆行させる元凶でしょう。

奇しくも現首相の麻生太郎が、非常識な医者が多いといい、医者が非常識な人間であることは日本人の常識であるとさえ言われるようになった医者。これは何故でしょう。予備校の大学入試難易度ランキングというものがありますが、日本の医学部が東大と同じ入学最低点数になったからに他なりません。

それは私達もかってその錯覚に陥っていましたが、入試最低点が高い学校に入った俺達は国が認めた秀才だから、馬鹿な国民にへりくだることも遠慮することもなく、何でも許されるという錯覚に陥ります。そしてこんな勘違いの人間が教育した人間は、当然のことながら世界に通用しない勘違い人間であり、それを連綿と、無責任に、この国では輩出し続けてきたのです。

今も昔も人間の能力は変わりません。しかし、戦前は陸士、海兵、東大の科挙が狂い、戦後は東大だけが入試という科挙教育で狂っていました。しかし注目すべきは、我々の時代と違って今は、裏口入学がまかり通る早稲田、慶応ですら旧帝大なみの難関校だ、エリート校だと呼ばれ、そこで学ぶ若い日本人がその魂を破壊されていることです。それは官僚、法曹、医者、と同様に、エリートと錯覚した私立も亡国の人材養成に堕したことを大麻汚染の不祥事で体現しはじめています。

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究極の官僚政治の打倒は教育改革にある

昭和37年(1962年)、私が育った県の高校入学率は70%に満たなかった。中学の卒業式のあと、高校に進学する生徒は教師の命令で、東京などの都市、当時は京浜工業地帯と呼ばれた地域に集団就職する同級生を国鉄の駅まで見送りにいった。ちょうど太平洋戦争中の出征兵士の送別のようにである。

高校に進んだ生徒の大学進学率はまだ20%足らずで、進学校の普通科の高校の次は、工業や商業の高校であった。同年齢の生徒が200万人を超えた団塊世代は、150万人に近い生徒が都会へ出て行った。そして彼らの多くは輸出立国の製造業の中で働き、この国の経済発展を支える労働力となった。

日本の経済成長や発展に寄与した彼らの社会的な扱いや評価はどうだったか。この日本は、暗黒の戦前から生き延びた東大を頂点とする点数序列の学歴偏重の教育が支配する国家であった。それは丁度、東大卒官僚が支配する行政府を頂点に、国家に寄生する少数の大企業から企業規模順に、大多数が占める零細企業を底辺とした典型的なピラミッド構造であり、このピラミッド世界の企業の中の社員も、典型的な学歴ピラミッドによる学歴身分制度が堅牢に築かれていた企業社会を生きねばならなかった。

そしてこの日本の社会は大学卒と呼ばれた人間が、学校序列に応じて支配する世界でもあり、特定の大学卒業者が支配する学閥の社会でもあった。そして大企業であればあるほど、行政府との関係が深く、いわば御用企業の様相を呈しており、日本を支える底辺の小企業は行政府の庇護が薄いものであった。

非学卒者の社内評価は劣悪なものであり、今でも残る官僚や警察官、自衛官の昇進と同様に、学卒キャリアの前で差別の辛酸をなめさせられたのである。それ故、常に下層の労働者に貶められた彼らが自分の子供を育てたとき、工業や商業の高校へは進ませず、進学を目的とする普通科高校に子供たちを進学させた。

ここに技術立国日本の技術者教育の空洞化が始まった。工業などの専門高校は普通科校の落ちこぼれと呼ばれるようになり、基幹技術の教育は恐ろしい速度で衰退した。それに変わって大学進学のための高校がもてはやされ、塾や予備校の業者が繁盛するいびつな教育風景に日本は変質した。

今から30年前に始まった大学入試の共通試験、今のセンター試験は進学希望者が飛躍的に増加した日本の子供の能力をペーパー試験の点数で序列化し、偏差値で表現するという世界的にも恐るべき選別教育を始めたのである。

ここでは入学最低点の序列化で人間を規定し、大学を序列化し、高得点を難関と称して高級な教育機関であるかのごとく虚構を作り出したのである。これは国家百年の大計に見合う、わが国の教育の理念の完全な放擲であった。

かくして日本からは、戦後の日本の発展を支えた国民の力、技術の力、創意工夫の力が失われ、軽佻浮薄な芸能人文化に汚染した新たな世代、新たな日本人を作り出すようになったのである。

いま、日本は官僚と官僚組織以上に日本人の心と技が衰退し始めている。官僚政治打倒は、実は官僚政治を支え続けた立身出世主義の日本の教育の打倒でもあり、日本人の心に巣食う旧来の教育観念の大胆な改革を必要としている。

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世界金融恐慌を前に為す術もなく-虚妄のエリートの無残

アメリカの過剰な自由放漫の金融商品の破綻で、世界の金融システムが崩壊する危機に直面している。アメリカが駄目なら私がという勢いでイギリスのブラウンやフランスのサルコジが金融の信用不安解消に乗りだして来た。日本はどうしたのか。

官僚傀儡の自民党麻生政権は世界に発信することも無く、為す術なく呆然と佇むだけである。それは日本のエリート中のエリートと呼ばれる官僚の無知無能、いや知恵なき無策の姿である。しかし考えてもみよ、わが日本はアメリカに次ぐ世界第二位の経済規模をもち、世界的に信頼をかち得ている大国である。それが証拠に日本円はドルのみならずユーロの信用すら超える。

その国家がどうしたのだ。いったいこの国は何をしているのか。中国をはじめ、アジアの国々から期待されている日本はどうしたのだ。

言うも空しいことである。この半世紀、いな、戦乱の20世紀を超えて、ペーパー試験で選抜された日本の官僚は日本人のみならずアジア諸国の人々の期待をも裏切り、踏みにじってきたのだ。

今年の洞爺湖サミットをみよ、北京オリンピック外交をみよ、北朝鮮問題の六カ国会議をみよ、世界第二位の大国の名分は微塵も無い。それは紛れも無い、世界第二位、いや、人口当たりにすれば世界第一位と同等の日本人を代表する官僚の力量の紛れも無い実力の姿である。 

決して有能な日本人を代表するに相応しい日本人の姿ではない。そう、ペーパー試験で選抜された日本人など、有体にいえば東大卒など、無能な日本人の典型であることを如実に示し、その醜態を世界に晒していることに他ならない。

景気下支えのために金利を0.2%下げた日銀経営委員会の出身校を上げよう。

白川総裁(東大経)、山口副総裁(東大経)、西村清彦(東大経)、須田美矢子(東大教養、経院)、野田忠雄(京大法)、水野温(早大政経)、中村清次(慶大経)、亀崎英敏(横国大経)。

この出身校の常軌を逸した偏向を見れば、彼らがこの国の知性を代表しているわけでなく、これほどの厚顔を恬として恥じることも無く、それは官僚や東大卒という人間の知性がいかに貧困かを如実に示しているものはないのである。

世界に冠たる優れたこの国の民草の叡智が政治に反映されもせず、不毛で下等な政治の温床であったことをしめしている。いまさら何も言う必要もない。優れた日本人がこの国の経営には全く加わっていないことを示すものである。

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4人のノーベル賞受賞から見える日本の姿

今年は4人の日本人がノーベル賞を受賞した。そして受賞者の一人は、この国の教育を『受験に汚染された教育』と言った。今年の受賞者は、全員が名古屋大学卒といってよい。一高東大卒の化石的研究者が含まれたが、その彼にしても東大の門で研究し、育まれたわけではない。

『受験に汚染された教育』は絶対に正しい認識であり、そしてその語に続く言葉は、『受験教育により歪められた日本』ということになるであろう。有体にいえば、立身出世のための受験に成功することを目的に我利勉に勤しむだけの青春を費やした者のみが東大へ進んだ。そして受験勉強などせず、思春期の多感な青春を送った有能な多くの日本人は東大以外の大学に進んだ。

つい40年前までは、東大以外は今回のノーベル賞学者を排出した名古屋大学のような旧帝大系の大学へ進むことはそれほど難しいことではなかった。そう、東大を除けば京都も含めて刻苦勉励の受験勉強などせずにこれらの大学に進むことが可能だった。それがどうだろう今は。ノーベル賞受賞者の目にも「受験勉強に汚染された教育」が無残にも醜い日本人の育成を増大させている現実が写る。

イギリスと中国の大学が発表した大学ランキングなるものが報道されている。それによれば、トップ100に日本は4大学、すなわち、東大、京大、阪大、東北大しか入らないという。しかも東大はトップ10ではなく、20位ぐらいのものだ。昔はもっと悪かった。当時は日本の子供の学力は世界1位といわれていたにもかかわらず。現在、日本の子供の学力が世界20位ぐらいだからちょうどよいのかもしれない。

世界1位の日本の多くの子供が進学した大学が、なぜ、世界50位にも入らなかった東大以下だったか。それこそがこの国の進歩発展を阻んできた東大学閥という利権集団によって歪められてきたからに他ならない。2004年の朝日新聞の日本の科学研究費獲得ランキングなるものがある。

    科研費獲得       論文数      論文1件経費
1位東 大 185億6900万円 1位東 大 3,661件 1位阪 大 255万円
2位京 大  94億4800万円 2位京 大 2,972件  2位東北大 274万円
3位阪 大  71億6900万円 3位阪 大 2,814件 3位京 大 318万円
4位東北大  69億 500万円 4位東北大 2,525件 4位東 大  507万円

 科学研究の成果は研究費と比例関係にあるといわれる。戦後のアメリカがノーベル賞受賞者を多数輩出するようになった理由に、研究者の流入もサルことながら圧倒的な研究費にある。日本の大学が東大以下を強いられてきたのは、研究費が常に東大の半分以下を強いられてきたからだ。そして東大が研究費獲得額も論文数も1位だと喧伝された。

これはしかしペテンである。それは1件の研究費で見れば明瞭である。東大以外は半値のコストで論文を発表していることがわかる。名古屋大クラスの大学のほうがはるかに独創性に優れていることを示している。そして研究費の不足を創意工夫で乗り越えている姿なのだ。

 日本の国家としての後進性は昔の東京帝大、今の東大を頂点とする醜い無能の学閥官僚によってもたらされたことを如実に示している。それに痛烈な批判を浴びせる今回のノーベル賞受賞であった。

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東大至上の価値観が崩れたとき、新たな日本の建設が始まる

振り返れば、途方もない愚行の連続であったといわなければならない。東大、なかんずく東大法学部を頂点とするこの国の点数至上の教育こそが、亡国の教育、否、虚構の国家百年の大計であったことがである。

アメリカ金融資本主義の破綻を前に、日本の秀才と呼ばれた官僚集団はなす術もなく呆然と立ちすくむ。同輩の東大教授も経済評論家も財界人も、いつもの見識の披瀝すら行わない。もっともらしい予測も、経済の立て直し策の指針も描けない。

何が国家最高の知識集団であったか、何が国家最高の知性であり叡智であったのか。破綻の淵にあえぐ自民党政府の近辺から、彼らは音もなく遠ざかろうとしている。誰もこの国の危急存亡のときに身を投げ出して救国の行動を取ろうとする者はいない。すべてがまごうことなき虚構の知性や叡智の集団であったことを無残にさらしている。先の亡国の大戦と同じように。

しかし我らが日本の同胞は、東大卒がごとき浅薄な知性とは無縁な人間で満ち溢れていることに違いはない。心配は無用なのだ。そして自民党はさらに1年、政権の座にしがみつくことになるであろうが、この1年こそは、来たるべき政権交代と官僚排除の新しい政治の幕明けの準備期間となるであろう。救国のための政権スタッフ糾合のときである。

点数序列の秩序を基に、この国は官界、財界、そしてマスメディアの世界がいわば学閥という集団に壟断されてきた。しかもこの壟断は偽りであれ学問の世界とつながることによって巧妙に日本人を欺いてきたものである。昔は、官立の帝大に対する抵抗勢力であった私立の学校ですら、実業の世界で排他的な利権集団、学閥集団を形成すると、自ら帝大と同様の腐敗の教育に自らを貶め、自らの教育の理念を汚した。それは今日までも続いている。

この国の政治家が政治屋と呼ばれて久しいが、それは政治が二世、三世という世襲の血族に相続されていることでもあきらかであろう。そして、高級官僚を父親に持った息子世代の出身校は、圧倒的に早稲田、慶応であろう。今も昔も、この大学は創立者の教育理念に反して、帝大の補完勢力として財界、官界にはびこってきた学校である。いまや、下劣なマスコミと言論の世界は、東大とこの早慶に支配されているといってもよい。

これらの体制を突き崩すために、この1年は日本再生のための時にしなければならない。無論、これらの大学出身者であろうとも、この腐敗の教育システム否定の立場に立つものは改革者である。

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最後の自民党内閣―麻生内閣から官僚が消えた

戦前からの官僚主導の政治を復活させるために吉田茂らによって創設された自民党とその官僚主導政治は、奇しくも吉田の孫の麻生太郎によって終焉の時を迎えようとしている。麻生内閣で唯一の官僚出身者の中山成彬が辞任することによって、官僚出身者がゼロの内閣になった。

東大卒閣僚が5名の内閣もおそらく初めてのことではないかと思うが、中山以外の東大卒閣僚はすべて国家公務員試験-高等文官試験の及第者ではなかった。唯一、中山だけが大蔵省のエリートであったが、あとの東大卒閣僚は舛添要一の他はみな東大法学部の劣等生といってよい。

東大と東大卒官僚の世界が試験の点数に支配された世界であることはその当事者以外にはわかりにくいものである。そして高得点者が秀才の名をほしいままにし、おのれの関わる政治状況の中を無難に乗り越えた者が出世する世界でもあるということも。それ故に、東大の4年間は上級職を高得点で及第するために一心不乱に暗記勉強に励み、官僚になれば無為無策で過ごすことが高位高官への道であったその官僚政治が今、音を立てて崩れようとしている。それは官僚に依存しなければ政権運営が不可能な麻生自身が、官僚政治からの脱却を口にしなければならないほどに、政治的対立軸が、官僚主導政治か、それとも官僚排除の政治かに絞られてきとことを示すものだからである。

して最早、自民党の内閣を支えるに足る官僚出身閣僚の存在そのものが、虚構のものであったことを示している。誰でも務まる理想も理念もない政治運営であったからだ。

民主党が掲げる地方分権の推進と官僚を排除した議院内閣が実効支配する行政運営が実現するならば、この日本の国は新たな進化を遂げることが可能であり、目前に現れた未曾有の世界金融恐慌の大嵐をも乗り越えることができるのであろう。

その歴史的変革の足音が高らかに聞こえてくるようである。政治革新に関わる者は、この自民党官僚支配政治を完膚なきまでに打ち砕くこと、決して官僚に政治を依存しない心意気を忘れないことが肝要である。

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自民党-官僚政治を終焉させる第一歩

福田政権も安部と同様に中途でその政治権力を放棄することになった。福田も阿部も勉強秀才の官僚出身ではなかったけれども、親父や祖父がこの国の後進性を示す東大官僚出身政治家の二世、三世の世襲議員であった。

170pxshinzo_abe_sept_82c_2007_cro_3 従って、心情的に反官僚の国民側の政治スタンスを取ろうとしても、その政治は官僚にどっぷりと依存しなければならない政治であった。故に、無責任に中途で政権を放り出す。

「俺じゃなくても政治はできる」と。

この国の将来をかけた、否、沈みかけつつあるこの国を救う政治状況にするための、国民の選択の時がせまっている。この選択は、国政に関わる者が官僚に依存する政治を志向する者か、官僚を排除して、地方分権、国民の英知を集めてこの国家危難の時代を乗り切る志の者かに絞られるべきである。

220pxyasuo_fukuda__world_economic_3 資本主義は寡占化が進み、国体や政治の官僚化が始まると退廃し、衰退することが原理である。それ故この国は、始めから官僚により腐敗と退廃へ向かう政治形態の宿命をもち、経済構造を持っていたと言うべきである。この宿命的官僚主導の構造をこそ、破壊しなければならない。そして、新たな政治構造を作ることこそが、我々が志すべき唯一の選択である。

来る衆院選挙では、反官僚勢力が大躍進することをもってして、よしとすべきである。それ故に、選ばれるべき議員候補者の官僚政治に対する思いが、最大の選択基準になるべきである。

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官僚政治解体のプロセス

官僚政治を解体する最初のプロセスは、戦前から続くエリート官僚が作った偽りの自由主義の自民党を来るべき衆議院選挙で敗北させ、政権の座から追放することである。これが第一段階である。

そして民主党単独であれ、連立であれ、或いは自民党脱党の反官僚有志との連立でも、次の政権の政権構想、政治の対立軸を「官僚主導政治の完全否定」を基本理念とすることである。 この段階で決して忘れてはならないことは、左翼や右翼という政治思想を絶対に対立軸に持ち込まないことである。

この政治闘争は資本主義対社会主義でも共産主義でもない。真の自由で公平な民主主義政治を官僚自民党から奪回することである。そして反自民党や反官僚は、決して「反自由主義」でも「反資本主義」でも無いことである。これを忘れると再び日本の政治は自民党官僚政治に復帰することを銘記していてほしい。

かっての細川、村山政権の再現をみるということをである。 社会主義や共産主義は人間の自由を必然的に制限する政治体制であることにおいて、人間の希望も夢の追及も望めない無気力の社会を示す。それは歴史的に証明された事実であり、今の自民党政治よりも更に悪質な国へと日本を導く可能性すら持つものなのである。

だから国民の支持は絶対に獲得できないものに相違ない。それ故、反資本主義や反グローバリゼーションなどとの思想は時代錯誤も甚だしいこと、その虚妄の思想を現実の政治闘争に決して持ち込んではならないことを私達は決して忘れてはならないのである。

官僚政治打倒の新政権の次の仕事、否、最初の仕事には、すでに四半世紀も叫ばれてきた行政改革による財政の健全化である。行政改革というのは、簡単に言えば肥大化して非効率的、否、反国民的になった国家権力、国家機構をそぎ落とすことに他ならない。

日本の道路は市道、県道、国道とあるが、それを管理する公務員は全て異なる。道路ばかりでなくこの国の政治は官僚公務員を扶養するがための非効率な構造が二重、三重に入り組んだものだ。この全ての地方行政と重複する行政機能を一つにする。分かりやすく言えば県単位に統一してしまう。

そして重複していた公務員の数を削減するか、雇用を確保するならば一律給与3割削減を実施する。これは社会主義政治団体との激しい闘争を呼び起こすであろう。しかしここで私達は決して妥協してはならないのである。それは自民党打倒の政治闘争が左翼の政治闘争ではないからである。

対象となる公務員は独立行政法人の職員を含めて40万人である。その人件費は3兆円である。基本的にこの40万人は冗員である。従って大阪府のように財政基盤が脆弱な地方自治体は職員数の削減か給与削減を厳しく求めなければならない。この国家公務員の直接統治機能と特別会計の一般会計との統一化、特別会計収入の一般予算化という言葉の方が分かりやすいだろうが、その完成によって官僚政治を完全に追放することができる。

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高貴なる者の義務

国家の指導者たるものが世襲貴族ではなく、近代教育の中で育まれ、選抜された者に与えられるとしたら、恐らく受験競争の心得違いの者は全て辞退するに違いない。国家指導者たる者が代議士であれ、官僚であれ、民主主義の世にあってそれは人間個人の幸福追求の職業ではありえないからであり、公に奉仕し、国家発展に殉じる覚悟なくして勤まるものではないからである。

政治は自由世界に住む人間の欲望を統治し、管理するものである。そして絶対多数の絶対幸福を保証し、人類が進歩発展を継続するその時間の流れを中断してはならない膨大な義務を負う。

それ故、選ばれし指導者というものは、苛烈な人生を余儀なくされるのである。時には明日の命の保証さえないかもしれない。それが国家運営を嘱望された者の義務だ。 これを高貴なる者の義務という。近い過去の歴史でいうならば、国家破綻を招来し、人類の平和を脅かした大罪の責任は、全ての国家統治に関わった政治家官僚が負わなければならかった。

もし天皇が、国家最高の責任者であり、この国と国民の絶対幸福に責任を持つ高貴なる者の存在であるならば、死罪を宣告された政治家官僚に代わり、自らの生命を差し出す必要があったのかもしれない。

嘗ての中国明王朝最後の皇帝である崇禎帝が謀反軍が王宮に乱入してくるのを見て、「百姓を殺傷する勿れ」の遺詔と共に自縊したこと、或いは秀吉軍に攻められた高松城主清水宗治が「領民安堵」の身代わりになって自刃したことなどのようにである。

いや、明治維新の国家建設の時代においてですら、国家指導者は暗殺や理不尽な運命を甘受した。それが時代を変革する政治家たるものの義務と自覚していたからに相違ない。 わが国における明治以来の官僚政治は、この高貴なる者の義務感を喪失した者たちの政治であった。そしてそれはこの国の教育の失敗の連続であったことを意味する上において、東京帝国大学と東京大学の責任は歴史的に極めて重大であったといわねばならないのである。

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偏差値難関という虚妄の教育観を打ち捨てよ(2)

人間の序列化に利用された日本のエリート教育は歴史的大失政と呼ぶべきものである。そしてこれは「藩閥政治」と同根の、日本独特の排他的な「同門意識」や「学閥意識」の基本になった。共通一次試験制度が大学序列化の防止とか、不毛な競争の抑止が目的と言われたが、そもそも東大を頂点とすることに意義を持つこの国の教育では改善されるどころか、ますます不毛な競争を産み、点数序列意識で醜くい心になった日本人を大量生産する道具と化した。

The_yasuda_auditorium_in_the_univ_3 解決法は簡単である。官僚政治を温存させた自民党を政権から追放し、東大卒官僚の採用を向こう30年間、禁止することだ。そうすると行政が停滞し、国民生活に甚大な影響が出るというが、それは全くの嘘であり、詭弁でしかない。選挙で自民党を排除したら、新政権は全ての省庁の政策担当者は非東大卒のエキスパートにすればいい。そして今いる官僚を順次、退職させるのだ。天下りではなく、60歳で全て退職させるのである。そして東大は私立大学にする。

この僅かな制度変更で、今、日本の前に立ちはだかる亡国の危機は回避されるはずである。昔も今も、この国を本当に進歩させ、発展させた官僚は皆無であった。学業成績オール5という一見絢爛な知性を評価する尺度と思われた基準は、まさしく虚構であった。それはこの国の全ての歴史が示している。

ならば、これからも東大卒官僚に期待などしても無駄なことである。 心配無用、東大独占の行政ではなく、東大皆無の行政でも立派にこの国は立ち行くはずである。それが世界侵略の世紀に晒された過去200年の間、アジア、アフリカ諸国の中で唯一、白人に支配されず、植民地にもならずに済んだ日本人の力があるからである。むしろ、無謀な戦争と亡国の敗戦は、試験秀才官僚によってもたらされた災厄であったのだから。

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偏差値難関という虚妄の教育観を打ち捨てよう(1)

結論を先に述べてしまえば、入学試験や学校の試験成績というものは所詮、席取りゲームに過ぎず、人間の知性や能力を評価できるものではないということだ。西洋の学問が入ってきたとき、そのキラビヤカさに目がくらみこのことを理解出来なかった。それ故に、儒学や漢学なら『学者馬鹿』と突き放せた私達日本人は100年以上もの長い年月、この人格識見や知的能力を評価できない方法で選抜された東大卒官僚にこの国の政治を委ね、信頼したばかりに、苦難に遭遇し、苦しみ、亡国の経験すらしたのである。

先日、NHKで大学ロボコンを放映していた。東大対豊橋技術科学大の競争であった。この競争を見ていた観客の多くが、秀才の東大が勝つだろうという意見だった。この判断基準は代々木ゼミなる予備校の大学入試難易ランキングがあるが、この資料に由来するに違いない。それによればセンター試験の得点率で、東大理科1類92%、豊橋技術科学大工学部69%とある。偏差値では70と55、これを私達日本人は圧倒的な知性や能力の差と考えてきたわけだ。

ロボコンの結果はどうだったろうか。豊橋技術科学大の逆転勝ちであった。従来、東大が王者だったそうだが、それはたまたまというべきだ。競争を終えた両大学の生徒の話し合いに、知性の相違は全く感じられず、双方とも清々しい日本の若者だった。創造性という点においても両者には優劣などないと断言できる。私たちは東大生も私立大生もいる研究室で観察しているが、ここでも知性や人格識見に相違は全く認められない。入試難易度92%と69%に人間の本質的な能力差など存在しないことを意味する。

だから大差と意識している者は大いなる誤りどころか、むしろ愚劣な評価法をしているということだ。入学試験や学校の試験成績など、誰でもその気になってやれば、或いは何かやりたいことを犠牲にすれば点数を高くすることはそれほど難しくない。だから予備校や学習塾がもてはやされるのだ。大繁盛だ。しかし席取りゲームは、全ての子供が塾に行って試験テクニックを勉強して点数を上げても席を取れない生徒がでる。5段階評価法がそうだろう。90点でも5はクラスの10%、4は20%、3は40%、2は20%、1が10%と決まっていれば半数が90点なら4にも3にもなる。これが日本の知性の評価法だった。恐るべき欠陥評価であり、欠陥教育であったことがわかる。

塾の勉強に興味もなければ、席取りに意義を認めない子供が出てきたときどうなるか。間違いなく彼は劣等性の烙印を押される。気にせず自分の関心事を追求し続ける子供も塾に通う子供と同様に多くこの日本にはいる。しかし東大とかの偏差値が高い大学を出ないと同じ博士号をとっても十分な研究費がもらえる学者や専門家の道はこの日本という国は閉ざしてきたのだ。だから独創性の国際競争では常に下位に低迷してきたのである。そして東大いわく「日本人には独創性がない」と。

日本の子供の学力が世界一だったとき、東大の国際評価は上位50位にも入っていなかった。しかしそれでも日本一だった。そして今、日本の子供の学力が15,6位まで落ち込んだので学力低下だと騒いでいる。東大の順位が世界20位以内に入ったという。ならば丁度均衡がとれたというべきだろう。

問題は世界一の子どもの国の大学が世界50番以下だったことがおかしいのだ。ここには人間の卑しい作為が見られる。入学試験や学校のペーパー試験が人間の知性や能力を反映しないから、東大が日本一を維持するためには何か「仕掛け」が必要だった。それは教育予算や研究予算の総額を先進国では最低にして、東大だけに豊富に配分する仕組みだ。入試点数の高い順番にという大義名分で。そして東大優先の各省庁の研究機関、今の独立行政法人にふんだんに研究費を垂れ流していた。だから日本の大学は世界との競争に遅れをとったのである。東大以外は研究できずに東大の引き立て役に過ぎない駄目大学を押し付けられたからだ。

日本人よ、今こそ入試偏差値難関という虚妄の教育を投げ捨てようではないか。 

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ペーパー試験天才の実験

日本のバブル経済の崩壊と崩壊後の不良債権の増大による日本経済の信用不安という経済構造崩壊の危機は日本で最も優秀な日本人、東大法卒大蔵官僚によって演出されたものである。バブル経済の発生も含めて歴史的にみれば、天才官僚と呼ばれる者達の力量を試す実験のようなものであった。

戦前は明治維新以来の日本人総がかりの「西洋に追いつけ、追い越せ」の国造りで、官僚はこの民族の熱気と力の上に祭り上げられていた。そして日清、日露戦争の勝利以後、西欧列強と肩を並べて絶頂期を迎えたそれ以降が官僚の出番であり、彼らの力量が発揮されるべき時代であった。

しかし東大首席の加藤高明が始めた「対華21条の要求」から出発するそれ以後30年足らずのこの国の官僚政治の営みは、経済政策にせよ、内政にせよ、外交にせよ、支離滅裂な国家運営であった。そしてこの国は文字通り焼け野が原の焦土と化して戦前の官僚主導政治は終わった。

敗戦後30年、明治維新と同様に国家復興に燃える日本民族の力の上に乗っていただけの日本の天才と呼ばれる官僚は、絶頂期を向えた日本のその後の進路を負託された。戦前同様にそこからが本当の彼らの力量なるものが試される時であった。

しかし、この官僚主導の政治と経済は、妄想のバブル経済へ突き進む道を選んでいたのである。そしてそれから30年足らず、再びこの日本は加藤高明以降の帝大官僚政治と全く同様の破綻への道を辿ってきた。経済的にも、内政的にも、外交的にも失敗の連続であり、日本国民が戦後に築いた富を失いながら現在の国家的危機の淵に立たしめているのである。

世界経済に絶対的責任を持つアメリカ経済が揺れている。言わずと知れた不良債権化した「サブプライム・ローン」問題だ。これがアメリカの金融システム全体に深刻に忍び寄り、不良債権が更に新たな不良債権を呼ぶ10数年前の日本と同様の底なしのドロ沼に嵌りこみつつある。何をしているのだアメリカ金融当局は、の声が上がり始めている。

Greenspan 一昨年アメリカ連邦準備銀行機構(FRB)議長は20年近く務めたグリーンスパンからバーナンキに代わった。この二人経歴は際立って異なる。グリーンスパンは高校時代音楽に関心がありプロの音楽家を目指してジュリアード音楽院に進学した一方、薬剤師の父と教師の母を持つバーナンキは小学生のころからユダヤ系に多い勉強の天才少年で大学入試の統一試験SAT1600点満点で1590点を取った伝説的神童である。日本ならセンター試験95%以上の東大理3クラスである。ハーバード大に進み26歳でMITから経済学博士を取得した

グリーンスパンは貧しい家を助けるために実業家になる方向転換をし、ニューヨーク大学経済学部へ進む。更に名門コロンビア大学大学院に進むが経済的理由で博士号を取ることなく中退した。そしてシンクタンクで働いた彼はレーガン政権のときにFRB議長に就任する。その直後に「ドル安容認」による信用収縮で起きた1987年の株価大暴落ブラックマンデー事件を乗り切った以降、共和党からも民主党からも信頼されて幾多のアメリカ経済の苦難を乗り越えたことで高い評価が与えられている。特に民主党のクリントン時代の1995年にはアメリカ経済はすっかり立ちなおり、「日本パッシング」と言わしめたほどに回復させたのである240pxben_bernanke_2 天才バーナンキは今、苦難の道にあえいでいる。昨年5彼のサブプライムローン問題の認識は極めて過小評価だといわれた。今年1月の彼の発言は「少し見通しが甘かったが、気流の悪いコースを飛ぶので揺れがひどいが心配ない」に変わった。しかし依然危惧する声は多かった。

先週、債権を持つメーン銀行の損失が2行で10兆円近くに膨らんでおり、世界に衝撃を与えた。不良債権処理を先送りして、それを更に膨らませた日本の大蔵省官僚と全く同じやり方なのではないか。グリーンスパンが言った「日本の教訓を我々は持っている」は反故にされてはいないか?

「サブプライムローン破綻」処理問題は日米の教育にとり、ペーパー試験秀才の実務能力を試す実験なのかもしれない。

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高貴なる学問の門は政治権力と距離を置く―然るに日本の教育の門は権力と利権におもねる

大分県の教員採用における情実の慣例とそれにおもねる賄賂の横行で揺れている。この国の教員採用は明治時代の昔から情実であった。教員の採用ばかりでなく、官吏の採用など情実によって支配されてきたといってよい。藩閥政治など人間の情実登用の典型であろう。これは昔から日本にある悪しき伝統である。

官僚は東大を頂点とする情実の人事で業績評価が行われ、採用や勤務評価がこの排他的独善の学閥という不条理で支配された。企業はどうだろう。官制企業が多い日本では官僚同様東大閥が主流であった。しかし、マスコミの早稲田、実業の慶応と言われて、日本の企業では明治以来、慶応閥を形成した企業も多い。そして慶応閥から外れた者は、東大卒も含むであろう多くの破格の人間ですら、人事的には苦汁を舐めさせられてきたものである。たかが慶応の馬鹿者達によって。

教員の世界では、各地に存在した師範学校が東大の学閥を真似て地方の教育界を牛耳ってきたのは日本の伝統である。つまりこの国の教育が人間の根源的知的探究心に応じた仕組みではなく、立身出世という世俗的利益追求の手段として利用されたことを示す証拠でもある。そしてこのことこそがこの国の教育の問題であり、それが健全ではない、むしろ中国の科挙官僚や宦官が跋扈し、支配したと同じような政治と国の仕組みを作ってきた原因であったと思う。

歴史を振り返ってもみよ。古代中国でもヨーロッパでも学問の世界は政治権力や世俗的権力闘争を超克した世界であった。古代中国春秋戦国時代の斉の稷下の学者とは、権力者に庇護されたとしても学者個人は権力におもねる者ではなかった。だから百家は争鳴できた。

学問を究める者こそ、孔子は怪しいとしても、孟子などは君主の師たる存在と公言して憚らなかった。それは利己的なものでも、自己の矜持という心でもない。天賦の才能を与えられた者が、その宿命を自覚し、世俗の利害を離れて、絶対的権力者をも恐れず、自己犠牲を甘受し、学問の理を優先させる世界に帰依する強靭な心を育んだ者達である。

卓越すべき学問世界が、権力や利権におもねったとき、学問世界が亡国の人間輩出機関に堕すことは、いわば人間世界の必然である。天才は利己心を超えて己の信念や国家の使命に殉ずる心を持つ。しかし東大や慶応ごとき国家権力と結びついた学問の門は、排他的な利権を確立することで希望者を殺到させ、入学試験の競争率を高めようとする。それは真の学問世界を持たない者が考えついた、高い合格点数で難関とすることがあたかも高等な教育の門だと国民を錯覚させ、偽るための極めて有効な方法だからだ。

しかし本当の姿は、既得の利権を漁る排他的利益追求運命共同体の形成に過ぎないものであった。だからこの国は腐敗した。学問世界が健全な国家は、古代中国の国家でも現代でも腐敗はしない。健全な国家運営が可能なのである。

大分県の汚職など、利権の東大流教育の流儀を真似て、全国各地の教育界の利権を独占してきた地元の旧師範学校の支配と、それに阿る者の己の採用や昇進を賄賂をもってあがなってきた慣例の発露でしかない。この国は実に情けない学問世界しか持っていなかったことなのだ。

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亡国の政治は入試点数序列教育(偽りの難関教育)によって正当化される

7月13日毎日新聞の「公務員改革」の記事からこの国の病巣を描いてみよう。

今、公務員改革が行われている。行改担当大臣渡辺善美の政治家としての最大の任務と責任である。しかしこの改革推進本部長は首相の福田康夫であり、その事務局が官邸内におかれている。公務員改革を阻もうとする官僚にとって、この事務局は「公務員官僚の砦」である。そして公務員制度改革をこの事務局長と渡辺行革大臣の二頭建で進めようとしている。

この事務局組織こそ、この国の不正や腐敗を正すための法律が立案されては骨抜きにされるという歴史を作った「官僚による法律骨抜き作業」の組織である。そして担当大臣が官僚迎合派ならそれでよし。現在のように改革の急先鋒であり、かつ反東大官僚の渡辺善美のような大臣が来たら、官邸を上げて「蚊帳の外」に放り出すか祭り上げる工作や悪だくみが発動される。

福田康夫は一高東大法卒の破格の官僚首相だった親父を持つ官僚傀儡首相である。官僚の言いなり派である。しかし、一橋大専門部卒の反官僚政治家を親父に持つ渡辺善美は同じ早稲田卒でも東大卒官僚の言いなりにはならない。すると官房副長官の二橋正弘が先ず動く。二橋は東大法卒の元自治省官僚で、この「官僚の砦」を守る人間である。先ず事務局長人事に介入する。そして福田同様に非東大卒ながら東大とシンパシーを持つ学者を選ぶ。

この非東大卒の学識経験者が曲者である。これまでは慶応卒の人間多くこの御用学識経験者を勤めてきた。今回は清家篤である。「民間から公募せよ」と主張する渡辺行革大臣は激怒する。すると二橋の上役の町村信孝官房長官が出てきて、事務局長人事は首相が決めるという。同じ閣僚の町村に言われてしまえば渡辺も二の句が継げない。町村も親子2代東大法卒の元官僚である。

かくして圧倒的多数の国民が支持する公務員天下りを禁止し、官僚主導バラマキ腐敗政治を抑制しようとするまともな政治の精神を歪める工作が進められて行く。 圧倒的多数の国民の声が聞こえない、或いは聞こえてはいても無視できる官僚や官僚出身の政治家とは、一体、どのような神経を持っているのか。いや、何を根拠にそのような横暴かつ独善的な政策判断や決定が許されると考えているのか。ここではこれが大きな問題である。

受けた教育が悪かったので劣悪な政治感覚しか育たなかったか、そもそも東大官僚を志望する人間自身の人格能力が低劣であったかのどちらかであろう。しかしこの傲慢な判断が許されるという感覚や根拠はどこに由来するか。それは紛れも無く明治以来100年この方、入学試験や授業の試験の点数が高ければ良しとする虚構の知性評価基準であったことを私達は忘れてはならない。

代々木ゼミナールの大学入試難易ランキングなるものがある。そこには東大法(文科1類)92%、東大経90%が最高峰とあり、私立では慶応の法が偏差値ランク68で最高峰と記載されている。国立は東大以下、京都、一橋と続く。私立は早稲田、上智と続く。

何のことはない、現在のこの国の政治や経済を動かす者達の出身校であり、嘗ての藩閥政治と同様に文明の後進性を象徴する「学閥利権の政治」の姿を私達はここから読むことが出来る。世界に誇れる破格の日本人は昔も今もこんな下劣な学校ランクとは無縁に存在することを政治改革を希う私達は深く心に銘記すべきである。

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戦後の東大卒官僚の資質を検証する(7)

バブル経済の崩壊と日本の国家滅亡のはじまり-現在

戦前も戦後もこの国の政治は「東大にあらずんば人にあらず」の東大官僚が支配してきた。そしてその政治の道筋は「偏狭な視野による独善的政治」によって常に破滅か破綻を呼ぶ政策の連続だったことを私達はこの国の歴史から学ぶことが出来る。それは明治維新政府が、国家近代化を願い、その国家近代化を嘱望するに足るエリート官僚養成を目的に創設された高等教育が失敗であり、国家有為の人材輩出どころか、この国を一度ならず二度も、国家破滅の危機の淵に立たせる原因であったことを我々は実感させられている。

「蛍の光」や「窓の雪」を明かりに、立身出世のための勉学に一心不乱に励む姿は青少年の鏡と称賛された。しかしそのような学問習熟の方法は高潔高邁な人格を育てず、天賦の才能に恵まれた破格の日本人が世に出ることを阻害することにしかならなかったのである。そのことを私達は自分のこととして慙愧の念を持って振り返ることが出来る。私達が死ぬほど勉強してもこの日本の難関は合格など少しも保証はしない。劣悪な1回限りの点数序列で合格者を選抜したものだ。誰しも落第覚悟である。しかし落第して入学しても利益は大きいという浅ましい価値観に支えられ100年以上も継続した。「落第なんぞ真っ平ご免だ」、「東大卒の肩書きなどくそ喰らえ」の破格の天才はどうしたか。東大などへは進まなかっただけの話である。しかし世に出る機会は奪われた。だからこの国のエリート官僚支配の政治は常に失敗したのである。

Kiichi_miyazawa_summit 宮沢喜一は東大卒官僚の最後の首相である。宮沢は東大卒の父を持つ代議士二世で、典型的な「頭でっかち目玉キョロキョロ」人間で、お坊ちゃまエリート教育の成功者である。旧制武蔵高から東大法学部に首席で進んだ。子供のころから読書と勉強以外には全く興味が無い子供で、人物評価は出身大学でしか判断できない不完成人間である。それ故、初対面の人間には必ず「出身校は?」と尋ねることを常とする典型的な東大卒人間であり、東大卒以外の人間の意見は聞きもしなければ、相手にもしないという愚かな人格の持ち主であったことは言うまでもない。

中曽根後の竹下から海部へ至る早稲田卒お粗末内閣の時代は、バブルに浮かれ、ソ連や東欧社会が崩壊し、日本マネーがアメリカの企業や土地を買収するバブル経済の絶頂期であった。大戦後の共産主義と対決した冷戦にアメリカが勝利し、ベルリンの壁が崩壊して世界中が新しい時代を迎えた実感を持っていた。日本も昭和が終わり、平成の世であった。しかし私達戦後生まれの日本人は何か漠然とした不安を政治に感じ始めた時でもあった。宮沢喜一が自民党保守本流内閣の首相として登場した1991年のことである。

高齢者医療費の増大で医療保険制度の見直しが指摘され、少子高齢化問題も意識された。それから過剰投機による土地や株高の不安もとぐろを巻き始めていた。宮沢は中曽根の「円高容認批判」派の急先鋒で、だから中曽根に嫌われて竹下に出し抜かれた。しかし宮沢は「円売り介入」程度の政策しか出来ず、バブルの基本構造を是正する政策は出せなかった。彼が絶大な信頼を置く大蔵省にそれだけの政策立案能力が無かっただけの話である

地価暴騰を止めようとした政策では過剰流動を止めさせるといって急激な融資規制、土地取得課税を行った。土地も株価も日本の市場も一気に信用を失い、日本のバブル経済は宮沢政権によって止めを刺された。そしてこのバブル崩壊は「不良債権」として企業のバランスシートに襲いかかり、「失われた10年」の始まりを告げる平成不況への案内役であった。

それは私達戦後世代を含めた国民の金融資産1400兆円を消滅させることを意味した。その後、東大卒能吏の評判が高いこの宮沢のケインズ経済学理論は珍重され、1998年小渕内閣で大蔵大臣に復活した。だが赤字公債を乱発して景気浮揚を図るという時代錯誤も甚だしい政策を犯しながら、しかしそ知らぬ顔で退場していった。その借金は1000兆円となり、今、私達日本国民の前に立ちはだかっている。

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戦後の東大卒官僚の資質を検証する(6)

-バブル経済の始まりと崩壊

官僚出身の中曽根康弘が首相になった1983年はまさに日本がアメリカを追い抜いて「世界一」の生産性を達成し、政治的にも学問的にも或いは科学の分野においても主導的立場に立てる可能性を持った時代でした。アメリカもイギリスも経済が停滞し、ホームレスが都市に溢れて、さながら「現代のローマ帝国の崩壊」という言葉にリアリティーがあった時代でした。アメリカのデパートや商店から「メードインUSA」は姿を消し、高級品の「メードインジャパン」に続いて台湾、韓国、シンガポールの日用品で溢れていました。

200pxyasuhiro_nakasone_in_andrews_2 「日本こそ世界一」という本が売れました。しかしそうはならなかった。日本の国家運営を支配する官僚がこの時代の世界の動きや英米の復活のための政治戦略を理解できなかったからです。この時代はまさにバイオとコンピューターというミクロ世界の産業の揺籃期に当たっていたのです。アメリカもイギリスもこの二つの産業の極小企業(大学や個人研究者の作った会社に過ぎなかった)の育成に本腰を入れていました。そして硬直した巨大金融企業や国営企業を情け容赦なく競争社会へ叩き込み、つぶれるに任せる政策をとりました。

日本の官僚はこの時、「戦後の経済復興は俺達の成功」と考え、常日頃は欧米に劣等感を抱く彼らは戦前の官僚と全く同様に「劣等感の裏返しの驕り」で「英米何するものぞ」という錯覚に陥っていたのです。

当時、東大に先端技術の萌芽は皆無でした。研究費独占の遺伝子操作分野でさえ日本の民間企業は誰も信用せず、期待もしませんでした。コンピュータソフトの開発研究でも東大には独創性のある研究は皆無でした。だから東大卒ではない人間の研究を東大卒御用学者が不当に低く評価するのは当たり前で、国策プロジェクト「トロン」も恐らく発案者が慶応ということで「英米」から貿易不均衡を非難されると、「繊維製品での貿易摩擦」がそうであったように、対米従属のお愛想笑いで「無料でくれてやれ」と応じたのです。

中曽根康弘は日本の絶頂期に登場した首相で、貧しいアメリカ大統領から頼りにされた最初で最後の首相です。銀座三越に颯爽と現れて「バイ・アメリカン、アメリカ製品を買いましょう」というパフォーマンスを行いました。そして金持ち日本を背景に、プラザ合意と呼ばれる「円高ドル安の容認」、ガットウルグアイラウンドでの「農産物自由化」を宣言しました。「必要な技術や産業、食糧は金で買え」という狂気の政策でした。これらは東大卒首相が先導したからこそ日本の官僚が「恥も外聞もなく」推し進めることが許された無為無策の国家経営の姿でした。

この日本の絶頂期の時代は、日本経済の頂点であるが故に衰退の始まりでもあったのです。それは次世代産業の振興に遅れをとった、科学技術教育の軽視が始まった、農業の将来展望を放棄した、少子高齢化時代を正確に予想できず無視する、という致命的欠陥を宿した政治の始まりだったからです。一高東大卒日銀総裁の前川春雄が1986年にまとめた日本の経済構造改革の通称「前川レポート」こそが、この国の東大卒官僚主導政治の失敗、或いは亡国のシナリオを象徴する歴史的証拠でしょう。

英米を模倣した中曽根政治で国鉄、電電公社が民営化され、証券市場が浮かれ、「円高ドル安」で有り余る強い円は世界中を駆け巡りました。自民党腐敗政治も絶頂期でした。誰も日本の政治改革を叫ぶ人間がいませんでした。日本の土地の値段はアメリカ全土の2倍より高く、株価は日経平均33000円、実に現在より2万円も高いものでした。しかし日本にはマイクロソフト、ヤフー、グーグルなどの企業や売り上げ1兆円にも達するバイオ企業の萌芽などそのカケラすらありませんでした。バブルという最後の昭和元禄に酔い痴れていました。

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戦後の東大卒官僚の資質を検証する(5)

民主政治の死とバブル経済の始まり

昭和35(1960)年、日本の国家国民に対する最悪の冒瀆者一高東大卒官僚にしてA級戦犯容疑者から首相に登り詰めた岸信介が、売国のアメリカ隷属日米軍事同盟を締結したとき、敗戦国日本の自由と民主主義国家建設の希望が完全に断たれたのだと思います。恐らく将来の歴史家はこのこと明記するに違いありませんが、岸は日本史に記録されるためにアメリカ大統領の初来日を画策していました。後に弟の佐藤栄作が沖縄返還の成功でノーベル平和賞受賞を狙ったことと同じです。多くの日本人はアイゼンハワー大統領ではなく、岸信介のこの策謀に反対しました。

国民の抗議行動に対して、まさしくA級戦犯と呼ぶに相応しい岸信介は戦前から盟友関係にあった右翼暴力団を糾合し、全国から数万人のチンピラヤクザを東京に動員しました。そして必要なら自衛隊の部隊と武器も提供するという準備もしていたのです。これは戦後に生き延びた官僚と官僚政治の完全復活を宣言する儀式でもあり、日本の民主主義が死に、暴力団とつながる官僚政治再開の時でもありました。

アメリカの国民や政治家は、この時から日本を反共の友人ではあっても、対等なパートナーにあらずの意識を明確に持つことになりました。端的に言えば、日本の知性がアメリカ人によって軽蔑され、否定された歴史的事件だったのです。そしてアメリカやヨーロッパの顔色を伺いながらの輸出中心主義の官僚主導統制経済が日本では大手を振って始まったのです。不正と不公平に満ち、国家と国民を見下す規制規制の東大中心主義官僚政治の完全復活でした。

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1972年に東大卒の佐藤栄作が首相の座を田中角栄に譲りましたが、田中は小学校から専門学校に学んだ非官僚の首相でした。彼は戦前の党人政治家の殆どが高級官僚と利権で癒着した腐敗政治の信奉者であったことを岸信介を通して学んでいました。そしてこの利権政治には右翼が必須であることを知った田中は岸信介の戦前からの相棒をそっくり承継し、官僚を支配する方法まで身につけていました。

田中角栄は官僚を懐柔し、時に脅迫して土建屋利権政治を日本中にばら撒きました。戦前からの裏会計たる特別会計が膨らみ、日本中が彼の列島改造論にのって地価高騰のバブル経済の道を歩み始めました。自民党内で利権の旨味を争う政権取りの争いが激しくなりました。それは日本人自身の手で出現させた高度経済成長の余禄で「Japan as No.1, 日本経済が世界一」へ向かって走り続けていた日本経済が最も幸福な時代の中で演じられた政治的には最も不毛で最も腐敗した政争に過ぎませんでした。

Fukuda_takeosouri67_s 日本が世界のリーダーたるに相応しい国力と経済的繁栄を遂げたとき、日本では政治的に失われた10年と呼ぶに相応しい愚かな政争に明け暮れていました。それは現首相の福田康夫の父親、一高東大卒首相福田赳夫達の政治理念があまりにも低次元であったことによります。

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戦後の東大卒官僚の資質を検証する(4)

アジアの奇跡の高度経済成長は東大卒官僚の功績か?

昭和30(1955)年、吉田茂の自由党と鳩山一郎の民主党が保守合同という大義名分で自由民主党、今の自民党を作りました。この政治的な主役は戦前の東大閥官僚と政治家であり、それ故、東大閥による日本の政治の再編であるともいえました。選挙で選ばれた党人政治家の活躍も言われますが、政治機構そのものが戦前の官僚主導の体制でしたから、彼らは官僚、より具体的には東大閥官僚の傀儡であり、戦前の官僚政治機構再建のピエロ役を果たしたに過ぎませんでした。

敗戦国日本が世界第二位の国内総生産を挙げる経済大国になったことは、20世紀初頭に西欧列強国ロシアとの戦争に勝利したと同様の衝撃を欧米ばかりでなくアジアの国々の人々へ与えました。それはまさにアジアの奇跡と呼ばれるものでした。この高度経済成長は自民党が成立した1955年から1973年の18年間に亘り続きました。

このアジアの奇跡は自民党官僚政治の成功だったのでしょうか。自民党も東大閥官僚組織も自分達の業績と言って憚りませんでした。池田内閣のときの大蔵官僚下村治(東大経卒)、そして城山三郎の「官僚の夏」の通産官僚佐橋滋(東大法卒)などの功績が上げられます。彼らの経済運営は修正資本主義たる官僚統制経済でした。護送船団方式。果たしてそうだったのでしょうか。昭和30年代に起こった日本の経済成長の理由を考えて見ましょう。

     日本には輸出すべき天然資源はないが、素材を高度に加工できる教育を受けた労働力があった。

     昭和20年から30年の間に人口が2千万人増加し、この増加は1975年まで続いた。高度経済成長の18年間に人口は7千万人から1億2千万人まで増加した。

     エネルギーが石炭から安価な石油に変わり、生産コストに占めるエネルギー費が有利になり、高品質低賃金の労働力と相俟って抜群の国際競争力を持つ工業製品生産力をもった。

     朝鮮戦争の特需で復活した基幹産業に続いて家庭電化製品の開発成功で国内需要が爆発的に拡大し、消費と雇用も増大したために政府主導型需要喚起経済政策は殆ど意味がなかった。

     戦争放棄により国家予算の軍事費が民生用へ回され、それが企業金融として有効に利用された。

これだけの条件であれば、護送船団方式であれ自由放任主義であれ、日本人自身の能力で敗戦後の奇跡の経済復興は成し遂げられたと思います。むしろ官僚政治による様々な規制の中から、創意工夫に満ちた新たな製造業が沸き起こり、皮肉なことにそれが戦前の財閥系企業の復活も促進しました。そして官僚の仕事は輸出先のアメリカやヨーロッパのご機嫌伺いだけで済んでいたのです。少なくともこの時代の日本の官僚や政治家は世界の先進国で尊敬はされていませんでした。

それゆえ、この奇跡の高度経済成長は、受験秀才達の経済政策とは無縁に成し遂げられたものです。池田勇人は京大卒初の大蔵事務次官になった官僚ですが、次の昭和の妖怪岸信介の弟の東大法卒佐藤栄作など無策であっても最も幸福な日本の経済復興のときの首相だったに過ぎませんでした。それはやがて来る高度経済成長の終焉やその歪みに対する施策など全く準備していなかったことからもいえます。

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戦後の東大卒官僚の資質を検証する(3)

東大卒官僚が作った敗戦後の日本の政治構造

敗戦直後の連合国支配下で始まったこの国の再生は、戦前の官僚達や官僚組織に託されました。しかし憲法草案作成から民主国家建設に至るまで占領軍のアメリカ人をひどく失望させました。自由と民主主義、すなわち主権在民であることを天皇の官僚である教育を受けたこの国のエリート達は全く理解できなかったことを意味します。

それ故、国家再生のときにあっても彼らが手を染めたことは、右翼であろうが、左翼の立場に立とうが国家の利権に巣食う汚職でした。試験の成績で難関大学卒業のキャリアを手にしただけに過ぎない、愚かであるが故に独善的な者達は、国民ばかりか、今となっては天皇に対してすら誰憚ることもなく、汚職構造の政治を始めたのです。

それらは日本国憲法発布の年に行われた昭電疑獄や、そして朝鮮戦争後に起きた造船疑獄で見ることができます。造船疑獄は、朝鮮戦争の勃発で経済再生が可能であった官僚主導経済の行き詰まりから起こりました。戦争景気が一転、不景気になった昭和28(1953)年、大手海運会社や造船会社の融資資金の金利負担を国が肩代わりするという、戦前の国と大企業が癒着した腐敗の国家資本主義の再現でした。

これが自由主義者を自称する吉田茂内閣の姿であり、吉田自由党の政治家に多額の賄賂が財界から渡されました。この一大汚職事件は吉田を追放し、戦犯容疑で公職追放になった戦前の東大官僚政治家岸信介や東大政党政治家鳩山一郎の復権を狙ったものだという見方もあります。

事実、吉田内閣は退陣し、吉田の自由党と鳩山の民主党が合同して自由民主党が敗戦後10年目の1955年に成立しました。ここまでの日本の政治再生の道は、憲法に謳われた自由と民主主義の希望に溢れた理想の国家の建設ではなく、高邁な憲法の理念を実現する清新な政治体制でもありませんでした。

東大卒官僚が主導した自民党の政治は自由と民主主義を装う反共シフトのアメリカの属国へ転落する政治構造に過ぎなかったのです。それはまさに戦前の穢れた汚職政治の歴史を再び刻むことにほかなりませんでした。

軍国主義を阻止しようとして暗殺された犬飼毅首相の息子の健は東大卒の法務大臣であり、造船汚職の当事者の逮捕を拒否しました。この逮捕拒否した人間こそ後の首相、佐藤栄作であり、彼は戦争中に鉄道省官僚であることを利用して、兄岸信介の選挙資金を満州のアヘン王の里見甫から貰い、現金をボストンバックに詰めて官僚特権で上海から日本へ運んだという人間でした。

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そして兄の岸信介は一高東大卒の破格の革新官僚であり、ソ連型国家統制経済のエキスパートと称された人間でした。共産主義者であり、国家社会主義者でもありました。

東條軍国内閣の閣僚でありながらA級戦犯から解き放たれた岸信介は、「日本再建連盟」を作り、最初は東大同級生が作った日本社会党から代議士に復活しようとしました。東大卒に指導された日本の左翼は、岸信介が有力な指導者であっても不思議ではない政党だったのです。

戦犯であったことから社会党入党はならず、吉田茂の自由党を頼り、最後は鳩山と手を結ぶという政治理念の全く無い人間でした。しかし一高東大のご威光は絶大であり、岸は政界に復帰しました。

政界に復帰した岸信介は自分の戦犯免訴と引き換えに反共のアメリカCIAに己の魂とこの国の正義を売り渡し、対米従属日米軍事同盟を成立させた張本人でした。

昭和の妖怪と呼ばれた岸信介に象徴されるように、戦後の民主化されるべき日本の政治は戦前の東大卒官僚が再び跳梁跋扈する妖怪の世界に引き戻されていたのです。

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戦後の東大卒官僚の資質を検証する(2)

Shigeru_yoshida_suit 東大卒官僚が目指した戦後日本の国造り

昭和22(1947)年に日本国憲法が発布されて、この国は「大日本帝国」から「日本国」となりました。東京帝国大学も東京大学となりました。国の主権者が天皇から国民となり、国の機構から貴族院も枢密院も消滅し、軍隊も跡形なく粉砕されて、新しい自由と民主主義国家「日本」が誕生しました。

日本国憲法起草で、「立憲君主主義」を唱えた戦前の親米リベラリスト幣原喜重郎内閣はマッカーサーのGHQにも相手にされないほど軽蔑されて退陣しました。次はこれも戦前の自称親英米派自由主義者吉田茂が組閣しますが、日本の民主化を望むGHQ民生局長ケーディスは吉田茂のエセ自由主義を激しく嫌悪しました。

憲法発布後の選挙で第一党となった社会党片山哲が内閣を組閣しますが、この東大法卒の社会主義弁護士はお人好しだけが取柄の人間で、日本の国家像も将来展望もない高等文官試験司法科合格の矮小な人間でした。 この日本が再出発した時代、世界は大きく動いていました。

ソ連を中心とする共産主義とアメリカを中心とする自由主義の対立です。民主党のアメリカ大統領トルーマンはルーズベルトを気取って「フェアディール政策」なるものを唱えましたが、アメリカ国民には嫌われた反共主義者であり、かつ原爆推進主義者でした。彼の意向を酌んだGHQ民生局第2部のチャールス・ウイロビーが日本の右翼と結んで民主派ケーディス追い落としの工作に出ます。

ウイロビーはマッカーサー自身が「ファシスト」と呼んだように、熱烈な反共主義者で、極東軍事裁判での右翼戦犯の釈放に強く動いた軍人でした。この反共工作に利用されたのが片山社会党内閣の後継、中道左翼の芦田均内閣が起こした昭和電工疑獄事件でした。これは新憲法発布の翌年に発覚したのです。新憲法起草の下、新国家建設に励むべき高級官僚達は、この時、あきれたことに昭和電工社長の日野原節三から多額の賄賂を貰っていたのです。逮捕者を列記しましょう。

来栖赳夫(六高・東大法、経済安定本部長官)、福田赳夫(一高・東大法卒、大蔵省主計局長ー後の首相であり、現首相福田康夫の父親)、重政誠之(六高・東大法卒、元農商次官)、丸山二郎(三高・東大文卒、東大教授)、芦田均(一高・東大法卒、首相)。

新生日本の国家建設の時代にあって、日本の東大卒官僚は己の利益に目がくらんだまさに腐敗と売国の国家運営にうつつを抜かしていたのです。この犯罪と引き換えに戦前の極悪人や非民主主義反共勢力、右翼ファッシストの復権を容認し、日本の真の自由と民主主義の国造りは放棄されたのです。そして戦前と全く同じ官僚主導の統制国家機構の再建が超エリートと呼ばれた東大卒官僚によって推進されることになりました。

今、日本の民主政治から排除されなければならないものが、東大卒を頂点とする官僚と官僚主導の政治であることを、この昭電疑獄の歴史は物語っています。

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戦後の東大卒官僚の資質を検証する(1)

Kijuro_shidehara_2  日本国憲法の起草で一高東大卒は有能だったか

1945年、日本がポツダム宣言を受諾したときから、日本の解体か日本の再生かを決める日本国憲法の制定作業が日米両者によって始められました。アメリカは反日意識の強いルーズベルト大統領のあとを継いだ同じ民主党のトルーマンで、彼もやはり対日強硬派の大統領でした。

敗戦後の日本を占領した人間は陸軍大将のマッカーサーでしたが、彼には「日本の統治体制の改革―Reform of the Japanese governmental system」としての憲法制定の命令が下されていました。その憲法の主要な骨子は、天皇専制の廃止、自由主義と国民主権の確立、生存権の保証と婦人解放、労働運動の正当化などでした。日本側は、戦前、最も欧米の自由主義と触れ、その最大の理解者との触れこみで組閣した幣原喜重郎の下に、一高東大卒の入江俊郎法制局長官を筆頭とする法務官僚らが集められました。

一高東大卒の彼らは、アメリカが呈示した改憲の主旨を全く理解することが出来ず、幣原内閣がマッカーサーのGHQに提出した最初の憲法草案は、「立憲君主主義」という時代錯誤もはなはだしい代物でした。

主権在民の理念も基本的人権も理解出来ずに、主権在民を「国権に関しては国民の総意を至高のものとする」という現在の東大法学部と全く同じレベルの詭弁と法理念の換骨奪胎を狙ったような正に愚劣な憲法草案でした。立憲君主主義の入江俊郎は後に最高裁判事になりますから、この国の民主主義がいかに虚妄であるかを示します。

敗戦国日本の統治に関して話し合う戦勝国側の米、ソ、英、仏、中5カ国からなる極東委員会が翌1946年にワシントンの旧日本大使館で組織されていました。中国ではすでに内戦が始まっており、ソ連は中国共産党、アメリカは国民党を支援する冷戦の前段階でした。

マッカーサーは日本の憲法制定が遅れると日本の領土の分割統治やロシア皇室を抹殺したような議論が極東委員会から出るのをおそれ、幣原内閣の法務官僚は当てにせずに、GHQの法務担当士官らにより憲法草案の原型を作る決断をしました。ここで「象徴天皇」「主権在民」「戦争放棄」の三原則が打ち出されたのです。

この作業は民生局長ホイットニー以下3名の法務士官と日本で教育を受けた経歴を持つ女性通訳ベティー・ゴードンらにより行われました。

天皇制の維持廃止を日本人に選択させ、日本の軍事力と交戦権を全て奪うという極東委員会やトルーマンの意向に反して、彼らは「象徴天皇として存続」「侵略に対する自衛も認めない憲法条文は日本人に対する重大な人権蹂躙に当たるのでこの項を削除」そして当時22歳のゴードン嬢は戦前の日本が婦人蔑視の国であったことを目撃したことから婦人参政権のみならず、「結婚は両性の同意による」などの婦人の基本的人権に関する憲法条項を加えたのです。

この後、やはり東大卒の社会主義思想家の森戸辰男や後の首相の芦田均、それから東大卒ではない教育者らによって日本国憲法草案は現在のものに仕上げられることになりました。この憲法草案起稿のときにも、怪しい日本語で誤魔化そうとする東大卒法務官僚の原稿を厳しく吟味することが可能だったのも、5歳から15歳まで日本で教育を受けた通訳のゴードン女史の存在が極めて大きかったと伝えられています。

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官僚政治打倒のため民主党の下に集結しよう

衆議院議員 小沢一郎 のメッセージ

http://www.ozawa-ichiro.jp/policy/run_for_idea_0609.htm#top

私たちは、「共生」を新しい国づくりの理念として、あらゆる面で筋の通った「公正な国・日本」をつくる。そのために、国民一人一人が自立し、国家としても自立することを目指す。

内政では、わが国社会の活力を高め、成熟した経済・社会を維持していくために、自由で透明な開かれた経済・社会の実現を推進する。政府は、市場に直接介入して統制することを最小限にとどめ、公正なルールの策定と運営に当たる。

同時に、自由な競争は、社会の安定を保障するセーフティネットの確立が大前提であると考え、その整備を進めて格差をなくすことを、民主党政治の最重要課題とする。そのためにまず、雇用、社会保障、食料等の面で「日本型セーフティネット」を構築する。それにより、すべての国民の命と暮らしを守り、様々な人たちがともに生き、大多数の国民が安全・安心の生活を送ることのできる社会をつくる。

外交では、先の戦争に対する反省を踏まえて、一つには人間と人間、国家と国家との「共生」、つまり日本及び世界の平和の確保、もう一つは人間と自然との「共生」、つまり地球環境の保全を、日本が率先して進めることを国是とする。

また、世界の国々と相互の信頼に基づく対等な関係を積み上げ、平和で自由で開かれた国際社会の実現を推進する。特に、米国とは対等な真の同盟関係を築き、中国、韓国をはじめアジア諸国との信頼関係を醸成する。

わが国は、自民党による長年の無原則・無責任な政治の結果、今や屋台骨が崩れかかり、日本の良さは失われ、国民の心の荒廃は限界を超えようとしている。しかも、国民の現状不満と将来不安を背景に、極端で偏向した「煽動政治」が台頭し、日本の危機を一段と深刻にしている。

私たちは、このような日本を土台からつくり直し、新しい仕組み、新しいルールを定めることで、日本の良さを保守し、日本が21世紀も平和と安定を続けていける基盤を確立する。

その第一歩として、日本を真の民主主義国家にするために、ますます強まっている官僚支配の政治を打破し、主権者・国民の代表である政治家が自ら政策を決定して実行する議会制民主主義を定着させる。それにより、国内においても国際社会においても、安定感のある信頼される「常識の政治」を行い、「普通の国・日本」を実現する。

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官僚が阻むこの国の改革ー利権の裏予算を死守せよと官僚は叫ぶ

この国の国家予算は、総計では461兆円と財務省はいう。しかし純計では230兆円であり、企業会計法では123兆円だと言う。何故、こんな国家予算の計上が必要か、これは紛れもなく、裏と表の官僚政治を隠蔽するための道具だからである。

この国家予算の問題点を挙げておこう。企業会計法で計算すると総収入が123兆円になるは、国税、地方税、健康保険や年金など各種社会保険料、消費税、ガソリン税などの総計である。しかし一般会計は30兆円の国債を含めて83兆円とする独善と欺瞞である。

では純計230兆円の総収入とは何か。これは全くの闇だ。企業では有り得ない民営化した公団の負債償還金などの合計だ。高速道路料もある。これが100兆円で企業会計法と合わせて230兆円となる。

このほか特別会計の闇の総本山、財政投融資の予算73兆円が稼ぐお金だ。投資や融資には利益や利息がつく。アメリカ国債だって利息がつく。400兆円なら1%で4兆円。

これらを埋蔵金と自民党幹事長だった中川秀直は言った。10兆円とも数10兆円とも言った。しかし正確には政治の権力者にも分からない。国家の収入が250兆円なのか300兆円なのか。

法治国家という原理を盾に、そして法律作成を武器と人質にして、亡国の官僚は己の利権を死守せよと叫ぶ。

(ご案内)本欄の連帯サイト:「日本の政治を糾弾する」でこの国の政治のアンケートをしています。皆様のご意見をお聞かせ下さい。http://www.kyudan.com/vote/index.php 

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官僚の巣窟、道路特別会計の闇を撃て

この国は空前の財政危機にあると財務省は言う。政府税調も言う。おそらくそうに違いない。しかしこれは今に始まったことではない。

1981年、土光臨調が発足したとき、その基調報告でこう言われた。行政の非効率による財政の浪費をただし、「増税なき財政再建」を目指すと。それからすでに四半世紀を越えた。

450万公務員の歳費、33兆円の解消は果たされたのであろうか。橋本行政改革内閣は、何を改革したのであろうか。独立行政法人という名の公務員の隠蔽と増税による財政再建で日本経済復興の芽を無残にも摘み取った。

今また、この国は「過酷な増税による財政再建」を目指すという。そしてこの国は1兆円の財源にすらこと欠き、75歳以上の老人から毎月5000円を徴収すると言う。だが、その一方の同じ口で、この国の発展と繁栄のために10年59兆円の道路建設が必須と言うのだ。

これは正しい政治であろうか。正義の国家戦略であり、正義の財政再建であろうか?正しいはずもあり得ない。

なぜなら、この国はすでに30年の年月をかけ、高速道路を作り、青函トンネルを作り、そして3本の巨大な本四連絡橋を建設した。それは10年59兆をはるかに超え、天文学的数字と言うべきこの国の富が注ぎ込まれた。

これらが残したものは一体何か。この国の繁栄か? 

これが完成したとき、この国は失われた10年の入り口に立っていた。それからこの国は経済崩落の坂道を転がり始めた。そして今がある。この壮大な無計画の事業が残したものは、28兆の債務を抱えて空しく立ちすくむ高速道路と26兆の負債を生み出す四国の大橋に過ぎない。

これは先の大戦に次ぐ二度目の亡国と呼ぶに相応しい官僚が支配したこの国の闇の政治の正体である。

今また蘇るこの悪夢の政治を、公明党冬柴鉄三を傀儡として進む愚かな59兆円の浪費を、絶対に許してはならない。この国の失政に苦しむ地方の政治と若者達のために、そしてこの国の新たな産業創造のために30兆円を奪回しよう。この国の未来のために、官僚支配の闇の会計を撃ち落とすために。

(ご案内)

本欄の連帯サイト:「日本の政治を糾弾する」のアンケートで、この政策の可否を皆様にお伺いしています。http://www.kyudan.com/vote/index.php で是非ご投票下さい。

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腐敗官僚を信任する受験教育を廃せ

明治期創設以来のわが国のエリート高等教育は、この国の未曾有の災厄をもたらし、有為の日本人の育成の理想には遠く及ばなかったことを深く自省しなければなりません。日本近現代の歴史を考察すれば、かっての中国の官僚登用の科挙試験のように、ペーパー試験成績によって選抜する日本近代教育は国家有為の人材ではなく、傲慢になったむしろ亡国へ導く唯我独尊、立身出世主義のエリート養成学校に堕したに過ぎませんでした。

この知識詰め込みと体験のない知識丸暗記学習を強制する欠陥教育は、僅かな例外を除いただけで、この国の近代化、民主主義の発達、世界に先駆ける創造的研究を阻害する者達を一世紀以上に亘って連綿と輩出し続けてきただけでした。

先の世界大戦による亡国と、いま、我々日本人が直面する国家経済破綻の危機とそれに相対するエリート官僚、エリート財界人、法曹、医療の腐敗は、すでにはるかに国民の容認しがたい程度まで進行しています。そしてこれらの人材輩出とこの国の難関と称するエリート受験教育が不可分にあることは最早、否定の仕様もない明瞭な真実です。

一発勝負の入学試験を即刻廃止させましょう。そして入学に必要な学力は国家の認定試験により最低限を保証すればそれで十分です。大学の入学は国家認定の学力以外に、小学校から子供自身が取り組んで来たあらゆる学習の取り組みにより選別する制度に今すぐ変更しましょう。子供達の科学や技術、芸術や社会活動を含むあらゆる学習のたゆまぬ努力の足跡から、大学教育を受ける生徒を選抜する方法にしましょう。

これが困難な時代を生きてゆくこの国の次代を担う人材育成の最も正しい教育であり、現在の、過当な競争に疲弊し、受験塾での解答技術の習得のみに堕したこの国の喫緊の教育改革となり、官僚腐敗政治を断ち切る改革となるでしょう。

(連帯サイト:日本の政治を糾弾する http://www.kyudan.com/index.htm 掲載)

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資本主義と共産主義のくびきを超えよー経済理論は政争にあらず

自民党と官僚の腐敗の政治は、民主主義の国家予算の数倍に上る肥大した裏予算の特別会計に見ることができます。それは紛れもない国民不在の大きな政府であり、国家予算の40%を消費する450万公務員の非効率な行政運営を表し、官僚の天下り、族議員の利権漁り、そして地方の経済を支配することによる自民党の集票組織であることを象徴しています。

日本国民の富は、地方に林立する非効率の市民会館になり、高速道路になり、人通りの少ない農村の道路が舗装道路になり、そして農業や地方経済の進歩を阻害する補助金として浪費されてきました。これこそが私達国民が叡智を結集して改革しなければならないこの国の腐敗の構造です。

低賃金と不安定な職業を強いられた多くの若い世代の中に、彼らの境遇を誘導した直接原因こそ小泉構造改革であるという怨嗟の声が満ち、それは新自由主義経済が推進した経済のグローバル化、無制限の市場原理主義競争、弱肉強食の経済政策のための小さな政府の原理であるという声です。

そして彼らは新自由主義経済の対極である大きな政府、公共事業による景気浮揚、弱者救済の社会福祉を求めます。 この声には真実の叫びがあり、私達もそれを肯定してあげたい思いに駆られます。

しかし経済政策或いは経済理論は、本来、国民の繁栄や福祉を目的に考察される社会科学であり、その理論が弱肉強食や弱者切り捨てを肯定する理論などありえるはずも無いことです。経済学はケインズ主義であれ、新自由主義であれ、経済理論は、いわば生き物である経済の病気を治療する医学手法と全く同じものです。

血圧が高い患者には原因に応じて血圧降下剤を、炎症反応は冷やして抗炎症剤を処方するように、国の経済或いは政策が逼塞したときに、どの処方をするかの問題に過ぎません。

高血圧症に血圧上昇剤を投与する、炎症部分を暖める処方は、病状を悪化させることは言うまでもありません。それに類する政策を経済失政というのです。 その典型は、昭和の大恐慌を起こした浜口内閣の緊縮経済政策や1992年から2001年に及ぶ失われた10年を演出した宮沢喜一内閣以降の自民党内閣の赤字国債バラマキ経済失政で物語ることが出来ます。

肥大化し、非効率になった政府組織そのもの、そして名ばかりの行政改革や弱者救済、地方活性化の大義名分に紛らせて大きな政府、大きな公共投資を守り、腐敗の民主主義構造を死守しようとする自民党官僚政治に対して、効率化、小さな政府の新自由主義の処方が勝るなら、この経済処方で追い詰めることです。そしてそれは骨髄にも達する、すなわち病膏盲に達する悪性の病巣、官僚の牙城を突き壊す外科治療法と今は考えるべきなのです。

(連帯サイト:日本の政治を糾弾する http://www.kyudan.com/index.htm 掲載)

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資本主義と共産主義のくびきを超えよ

自民党が自由と民主主義の政党ではなく、官僚が資本主義でも共産主義でもない官僚優越の国家統制主義者であることに目覚めよう。そして自由と公平な資本主義を希求する者達が必ずしも自民党官僚政治の支持者ではなく、共産主義や福祉国家を希求する者達と共存出来ないことなど無いことに思いをいたそう。

世界のリーダーたるに相応しい能力を持つ日本人は、決してこの矮小化された思想対立のくびきに控制されることなく、これを超え、両者が求める民主主義の法が支配する自由と平等な個人の人権が守られる、本来この国があるべき姿を樹立するために、官僚優越の自民党政治打倒のために共に今こそ立ち上がろうではないか。

ワーキングプアーの増大や格差拡大、福祉切捨てがあたかも資本主義が原因であり、特別に新自由主義経済にあるなどという狭い視点は捨てよう。

この国の資本が生み出した富は日本人全てのものであることを共通の認識とすれば済むことである。そしてそれは自民党と官僚を排除した国民の意思を代表する民主主義政府によって実現可能なことである。

この大きな国家理念を打ち立てるために、左翼=正義、資本主義=自民党=不正義のくびきを解き放とう。

(連帯サイト:「日本の政治を糾弾する」http://www.kyudan.com/index.htm 掲載)

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自民党官僚政治打倒への道ー就職氷河期の若い世代へ(2)

自民党が装う自由と民主主義

自民党は戦前の軍国主義で腐敗した政党が戦後、寄り集まって出来た政党でした。しかしその政治理念には悲惨な敗戦の代償としてこの国に与えたれた自由と民主主義の正義は貫かれてはいませんでした。戦前からの官僚優越、もっと正確には東大優越の官僚主導政治の復活に過ぎませんでした。そしてそれに立ち向かうべき反対党たる野党も、東大出身者を指導者とする社会主義或いは共産主義の政党でした。

共通している政治構造は、両者とも官僚が国民に優越して政治を行うという思想だったのです。自民党は自由党と民主党が合同して自由民主党となりましたが、その創設には官僚優位の時代を生きた吉田茂、鳩山一郎など東大卒官僚や政治家が関わったのです。野党の日本社会党も、指導者は東大卒弁護士であり、その思想基盤を作ったのはやはり岸信介の同級生の社会主義者でした。

戦後の独立国家として日本の威厳を喪失させた「日米軍事同盟」の首謀者は、戦時中の官僚による国家統制経済を推進した一高東大の秀才と自認する岸信介でした。彼は統制経済の官僚であるが故に、共産主義的経済運営に長けており、戦後、A級戦犯から開放されて政治家に復活しようとして彼が選んだ政党が、同級生が主宰する日本社会党だったのです。それが叶わず、彼は自民党の前身自由党から当選を果たしました。

自民党は自由と民主主義の政党ではありません。偽りの自由と民主主義です。それは「一般会計」と「特別会計」という二重の国家予算に明瞭に現れています。一般会計は国会承認を必ず行う民主主義の予算です。特別会計は原則国会承認が必要だか不要でも可という法律骨抜きの常に審議されない「闇の予算」でした。前者は80兆円、後者は200兆円とも300兆円とも言われるものです。

正規の国家予算の数倍の闇予算、ここが補助金交付という公共投資の権力を握る官僚という公務員が支配する世界でした。これは計画経済や国家管理経済を象徴する共産主義独裁のような行政手法そのものです。この裏構造が、戦争遂行官僚の吉田茂や岸信介らの国家統制経済システムを踏襲したものであったことはいうまでもありません。

3割しか予算を自由に出来ない3割自治の地方行政は、この政府補助金(今問題のガソリン暫定税など)頼りでした。これは全国に及ぶ中央官庁支配の構図です。そしてゼネコンとそれに連なる地方の建設会社は市や県の当局とつながり、県は中央官庁に隷属する形で地方の行政を運営していました。地方の建設会社や公共事業関連で経営する自営業者は県やその上の霞ヶ関にゴマをする生計の立て方をしてきたのです。

官僚と自民党はこの経済構造を選挙の集票システムとして利用しました。自民党の得票数で補助金を縛り上げるという方法です。これは同じく補助金で農協や農家を支配しました。これが自民党が50年の長期にわたりこの国の自由と民主主義を踏みにじっても政治を壟断できた理由です。

自民党官僚政治をこの日本から排除するためには、この裏の経済活動に使われる道路特定財源とかガソリン暫定税などのお金の流れを止めることも、大変重要なことなのです。この国の民主主義を再生するための第一歩にもなります。

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自民党官僚政治打倒への道ー就職氷河期の若い世代へ(1)

就職氷河期の低賃金に苦しむ世代の皆様へ

これは本欄が連帯する「日本の政治を糾弾する」掲示板で、若者と私達が対話した記事の抜粋です。修正して掲載したいと思います。「何故、自民党は政権党であり続けたのか」がテーマです。 就職氷河期の世代で、低賃金で仕事しなければならない状態を強いられている若い世代へ、慙愧の思いを込めて、私達、親の世代が何もしてやれなかったことを本当に悔しく思い、申し訳ないと謝罪します。

就職氷河期やワーキングプアを生み出した原因は紛れも無く自民党官僚政治の戦後最大の経済失政によります。恐らく普通の国なら二度と復活が許されない政権交代が起きたはずですが、皆さんも不思議に思う、「何故、日本ではそれが出来なかったのか」を私達は考えてみました。

それは政治の対立軸が間違っていたからだと私達は考えています。

第二次大戦後のこの国では資本主義=悪、社会主義=正義という基本構図があり、それに自民党=資本主義=悪、野党=社会主義=正義という架空の対立軸をこの日本の政治闘争に持ち込まれてしまっていたからだと私達は考えています。

「社会主義って何?」「共産主義って何?」とたずねる方がいらっしゃることでしょう。 企業経営者や官僚の政治を厳しく批判すると反体制=社会主義者となり、一方、自民党や官僚の評価できる政治に同意すると、体制の犬=資本主義者という極めて前近代的な政治認識をされた国でした。

自民党=お金持ちの味方、民主党=労働者の味方、どっちでもない人は困ります。しかも労働者の味方がソ連や共産党中国の味方なら、棄権するしかありません。 資本主義=悪、社会主義=正義、の構図は社会主義が本当に理想的に機能する現実の政治形態ならこの対立軸は意味があります。しかし社会主義が架空の話だったら、対立軸が一気になくなります。

それは幻想に過ぎないからです。若い世代も嘆く、無党派の投票率の低下はここに起因すると考えています。 敢えて野党を左翼陣営という言葉を使わせていただきますが、「自民党の悪が明確なのに我々に投票しない奴は馬鹿だ」という言葉が左翼陣営の中では常に語られました。

しかし、『自民党=悪』は正しい共通の認識だったとしても、対立軸が幻想だと気づいたから棄権であることを理解しないこの左翼の認識は国民を見くびる恐ろしい思い上がりでした。だから常に敗北したのです。

棄権が多いのは日本にこの幻を理解する正気の人が多数いたことに他なりません。自民党を厳しく批判するのは左翼の独壇場ではありません。東大批判も東大卒の専売特許では有り得ない。同じ経済原理や民主主義の対立軸で政治は争われるべきだったのです。

国民の大多数が納得できない政権は倒されるべきです。これが自由と民主主義の国の政治運営です。 政治闘争はリアリズムの闘いです。政治の対立軸に資本主義=悪、社会主義=正義の幻想は無用です。

国民の期待を裏切った細川政権や村山政権の轍を二度と踏まないように、私達の官僚政治打倒を担う民主党を押したて、この党が東大を最高峰の知性として推し進めてきた自由主義を装う自民党政治を駆逐するまで、自由と民主主義の下に政治闘争を続けなければならないと思います。

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日本の岐路ー民主党へ期待すること


自民党の官僚政治で逼塞したこの国を変革したいと思う国民はおそらく70%に達することでしょう。憲法改正が可能な数がそう考えています。だから自民党に変われる政党があれば、今にも自民党は打倒されるはずです。

昨日の毎日新聞のコラムに1993年、日本新党の細川政権が樹立される前夜のこと、前官房長官の与謝野馨が師匠の中曽根元首相に尋ねた話題がありました。与謝野が「今の野党はどのような政治を目指しているのでしょうか」。中曽根元首相は「何でも反対の野党は政権を倒すだけしか考えていない。それが目的で後のことは何も考えていない」と答えたといいます。


細川、村山政権は中曽根元首相の言葉通りになり、政権は再び自民党へ帰りました。今、国民の多くが細川政権誕生の時と同様に、自民党を駆逐し、民主党にこの国の腐食を食い止め、国が再生されることを切実に希望しています。民主党は細川、村山政権が犯した歴史的失敗の教訓を学び、国民のこの「官僚政治No!」の声を理解しているでしょうか。

この国が腐敗し、衰退した原因が自民党政権に引き継がれて戦前から続くエリート官僚による政治であったことは、最早議論の余地がありません。しかしこの官僚政治は、国家運営の活動源たる国家予算を一般会計と特別会計という卑劣な巧妙さで覆い隠し、表は自由と民主主義を装い、裏ではその倍の予算で国家社会主義政治を堂々と行ってきましたが、国民は表の顔に欺かれてきました。


民主党が自民党から政権を奪取した後にやるべきことは、先ず行政府から官僚を排除することです。そして官僚が何故この国で行政の正統派として権力を振えたか、その根拠を解剖することです。それは知性の最高峰として明治以来、国家のお墨付きを与える役目をしてきた日本の教育とその総本山の東大であることは明らかであり、だから一度は東大を行政から隔離することが枢要な政治改革の第一条件です。

細川、村山政権の轍を踏むことなく、民主党が国民の負託に応えられるかどうかは、東大官僚から独立できる力を既に保有しているかどうかにかかっています。そして民主党政権が成功する第二の条件は、国家社会主義政治の担い手である総勢450万人の公務員給与の正常化が出来るかということです。

民主党は元官僚、公務員の労働組合たる官公労や大企業の連合出身議員から構成されることに私は大きな不安を持っています。民主党が自民党と同様に出身組織の利益優先の政治を行い、政策立案が東大シンパシーを断絶できずにいる元官僚の手に委ねられるなら、おそらく再び民主党は細川、村山政権のように崩壊し、今度は国民の切実な期待を裏切り、自民党と同列で日本の国家破綻へ導いた元凶として歴史に記録されることでしょう。

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東大の歪んだ官僚教育の伝統

禁欲的暗記学習によって難関突破の達成感に酔いしれた天下の秀才と呼ばれた人間達は、東京帝大という官僚養成学校で教育を受けました。この学校は国家権力と距離を置く欧米の大学と異なり、天皇の官僚養成を第一義とする官立学校でしたから、国家的権威を必要以上に付加された学校でした。

それは東大で学ぶ者だけが欧米文明国家の知識と教養を共有できる者とする虚構の権威です。この教育の意識は他の学校の権威を認めず、尊大にも軽蔑し、睥睨する愚劣な心根を容認する背景となりました。人間を観察せず、出身校による人間評価がまかり通る、日本の伝統がここに発しています。

しかし当の東京帝大での教育や教育を受けた生徒の心根はどうだったでしょうか。創立当時の東大の教師は政府お雇いの外国人教師でした。有色人蔑視の植民地拡大に血道を挙げる帝国主義侵略国家から来た教師達です。例外はいました。しかし多くの教師は日本人を見下し、日本文化を蔑んだのです。

勉強秀才の知性や精神力など危ういものです。日本人や日本の伝統をこの西洋かぶれの知性は蔑み、天上天下唯我独尊の尊大な連中も、日本の同胞に向かっては傲岸無礼の優越感を、尊大な教師の欧米文明国へは卑しい劣等意識のまさにコンプレックスの権化に過ぎませんでした。

 

東大のエリート教育は、一言で言えば、艱難辛苦の暗記学習に耐えられる、幕末の動乱期にあっては臆病な文弱の卑怯者と呼ばれたような者たちへ、国家的権威を授けて、おのれの富貴のみを求める立身出世主義教育以上の何ものでもありませんでした。

            

それ故、明治維新を闘った、近代教育とは無縁の志士たちの気概や理想に遠く及ばず、彼らが欧米列強と堂々と対峙した気魄も誇りもなく、一高東大卒の夏目漱石が留学先のロンドンの下宿に閉じこもったように、この国の中でのみ日本人同胞を蔑み、睥睨し、支配する官僚主導政治の推進者として巣立ったに過ぎませんでした。

               

そしてこの根性は、亡国の敗戦を導いたにも関わらず、自民党政権とともに現在まで生き延びているのです。

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エリート達の独善の政治-亡国の大東亜戦争への道(4)

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明治に始まったこの国の政党政治或いは議会政治が崩壊し、軍部独裁のファシズム国家へと変貌したのは、文官首相の近衛文麿と平沼麒一郎の時代であったと断言できるでしょう。近衛文麿は貴族出身ですが、皇族や貴族の学校の学習院ではなく、当時の破格のエリートコース、一高東大に進みました。その動機は一高校長の新渡戸稲造に影響されたと言われますから、若い時代の近衛は自由主義的志向の人間だったと思われます。

しかし東京帝大で哲学を学んだ彼は、やがてマルクス経済学に興味を持ち、川上肇のいる京都帝大法学部へ転校しました。彼の志向を振り返ると、最初は父親のアジア主義、次いでアメリカリベラリズム、そして共産主義とめまぐるしく変わりました。要するに現実を体感しない勉強秀才に見られる典型的無定見人間だったのです。

この無定見は、英米協調路線を否定し、2.26事件を起こした青年将校の思想的背景となった陸軍皇道派と深くシンパシーを持つようになりました。そして日中戦争の抑止が叶わず総辞職した広田内閣に代わり首相に就任したのですが、昭和12年、右翼国粋主義やドイツのナチ党のような軍事独裁主義を称揚する世情に登場した近衛内閣は、2.26事件の被刑者や治安維持法違反の共産主義被刑者の恩赦による釈放をおこない、外相には広田弘毅、陸軍大臣には満州事変の首謀者板垣征四郎を登用するなど、まさに支離滅裂の狂気の政治の始まりでした。

閣外にいたナチスドイツを理想とする国粋主義ファシスト、平沼麒一郎と連携した政治運営は、狂気という表現に相応しいものでした。7月に日中戦争不拡大をいい、8月にこれを反故、軍費増額の増税と国家社会主義革新官僚による国民蔑視の国家統制経済を施行したのです。この革新官僚の中に平沼がいたのは言うまでもなく、後の自民党総裁の吉田茂、岸信介の盟友唐沢俊樹などがいました。満州にいた岸信介などはソ連共産党研究の第一人者でした。

Hiranumakiichirou0053_t_p_2 軍や軍事官僚の暴力に屈して無謀な大東亜戦争の道へこの国が雪崩れこんだのではありません。国家の運営を天皇から委嘱された東大独占のエリート官僚達によって亡国の戦争への道は引かれ、陸軍大学や海軍大学卒の同じエリート軍事官僚が劣悪な知性でその狂気の道を歩んだのです。

近衛は自殺しましたが、軍事官僚と同様にA級戦犯として処刑されるべきは広田ではなく、この近衛と平沼だったかも知れません。

 

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エリート達の独善の政治-亡国の大東亜戦争への道(3)

昭和7年の5・15事件で犬養首相が暗殺され、再び軍事官僚が内閣を組閣しますが、江戸時代生まれの斉藤実は海軍大学出の超エリートではありませんでした。むしろ庶民派リベラリストでしたが、この軍縮志向の政治を破綻させようとしたのが、後の首相となる東大法学部出のエリート平沼麒一郎でした。

平沼らは国粋主義的右翼集団を糾合し、国本社を結成しましたが、彼は司法界を牛耳り、ファシズム的法体系を考案した人間でした。折からの天皇制社会主義者とも言うべき青年将校による2.26事件が起こり、斉藤実、岡田啓介と続いたリベラル軍人の政治は斉藤、高橋是清の暗殺で終焉を迎え、平沼のファシズム国家建設の邪な企てが一歩前進したのです。

Hirotakouki0047_t_p 同じ昭和11年に、一高東大法卒外務官僚の広田弘毅は首相となりました。右翼や軍部のテロが公然と行われるようになった世情の中で、早稲田出身の斉藤隆夫の歴史的に銘記すべき粛軍演説が広田首相を前に帝国議会で行われました。斉藤は軍部の勢力拡大を厳しく咎め、広田にその抑止を求めましたが、それは文字通り暗殺覚悟の演説であったと思います。そして粛軍と同時に広田の政治姿勢や当時の政治状況を招来した原因を教育に求め、次の様に演説したのです。

「広田首相の声明の中には、確乎不抜の国策を樹立して以て之を実現する、・・一方に政策と云う言葉がある。国策と政策とはどう違うのであるか、甚だ曖抹に用いられて居りまするが、併し国策と云う以上は、少くとも日本国家の進むべき大方針であるに相違ない、日本国家の進むべき大方針が、今日に於ても未だ決って居らぬ、是から研究して決めるなどと云うことは、私に取っては甚だ受取れない。」

「学制改革は今日世界文明国に於て最も重大なる問題となって居るのであります・・・・然るに我国の教育は如何なるものであるかと云うと、・・所謂過度の詰込主義に偏して、精神主義、人格主義を殆ど無視して居る、是が為に中途に倒れる者がどれだけあるか分らぬ、斯う云う時代遅れの教育を施して居りながら、所謂躍進日本の運命を担えと迫った所で、是が出来ることか出来ないことか、考える迄もないことである。」

広田はこの斉藤隆夫の粛軍演説に応えて、2.26事件の責任者を処罰し、粛軍と教育改革の政策を打ち出しました。しかし翌昭和12年、北京郊外の盧溝橋事件を発端として始まる日中戦争への軍部の傾斜を押しとどめることはできず、内閣総辞職に追い込まれました。

この広田の総辞職は、行政の最高権力者としての職務を放棄し、それは日本陸軍の中国侵略を黙認した姿であるとして、戦後のA級戦犯を裁く東京裁判では糾弾されることになったのです。

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エリート達の独善の政治-亡国の大東亜戦争への道(2)

若槻礼次郎は、外務大臣の幣原喜重郎(戦後初の首相)を登用して世界協和路線、軍縮路線を選択しましたが、幣原の外交は軍縮や中国への不干渉であっても、張作霖を使って中国人ストライキを弾圧するなど、本当の自由主義者ではありませんでした。

Wakatdsukireijirou0020_t_p_5  文官官僚による国内経済政策の失敗や日本の独自性を打ち出せない外交政策に対して、陸軍は軟弱政治と批判し、陸大出のエリート田中義一陸軍大将内閣の登場を許すことになりました。明治天皇から嘱望された文官政治は一時、挫折しました。しかしこの挫折は満州駐留の関東軍参謀らによる張作霖爆殺事件を誘発し、満州事変への道を先ず開かせたのです。

この事件に激怒した昭和天皇に叱責され田中内閣は総辞職して、再び文官首相になりますが、ここで城山三郎さんの小説「男子の本懐」と「落日燃ゆ」の主人公となった浜口雄幸と広田弘毅の二人の首相が登場します。

彼らには人間的な魅力があり、前者はテロに斃れ、後者は文官官僚唯一のA級戦犯刑死者という数奇な人生を辿った物語性があったかもしれません。しかし彼らはこの国が亡国の戦争への道を歩むか、世界の中で発展するかを選択する岐路の時代の首相であったのです。

東大法学部次席の浜口は謹厳実直で、その風貌からライオン宰相として国民の人気がありました。しかし彼の政治運営はやはり重大な失政だったと言うべきです。彼の時代、内政的には金融恐慌に起因する深刻な経済不況があり、外交的には世界的な軍縮の流れがありました。このとき彼が頼ったのが、若槻時代と同じ幣原と日銀総裁の井上準之助でした。

Hamaguchiosachi0022_t_p 幣原も井上も東大出身であるのは言うまでもありません。井上は倣岸不遜な人間で、早稲田出身の石橋湛山などの平価切下げ金解禁論を一蹴し、平価金解禁を断行して極端な緊縮財政に踏み切りました。日本は深刻なデフレになり、凶作の東北地方の農村は壊滅的な打撃となる昭和の大恐慌を招来したのです。これは日本人の満州開拓への希望を大きく刺激することになりました。「五族協和の王道楽土建設」という理想社会の夢想です。

文官官僚の失政を利用して、その対極の試験エリートの陸大卒軍事官僚達は、軍拡自主路線と称して満州事変、満州建国へ突き進み、亡国の大東亜戦争への道の端緒を開いたのです。浜口の経済失政は次の犬養内閣で、ヘボン塾出身高橋是清のリフレーション(積極経済)政策で乗り切られましたが、天皇国家主義に傾倒するエリート軍人により暗殺され、官僚政治に代わる政党人政治も挫折しました。

「話せば分かる」「問答無用!」これは試験エリートで尊大になった者の驕りを私達に伝える犬養首相暗殺の場面です。

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エリート達の独善の政治-亡国の大東亜戦争への道(1)

明治維新の志士たちの時代が終わりを告げ、大正から昭和の始まりは天下の難関、東大卒官僚政治家の時代でありました。大隈重信内閣で外務大臣を務めた加藤高明を先頭に、若槻礼次郎、浜口雄幸、広田弘毅と続き、近衛文麿、平沼麒一郎によって皇国全体主義国家が形成されてゆきました。

Katoutakaaki0019_t_p_2 第一次世界大戦以後、太平洋戦争の敗戦まで政治の主導権は陸軍や海軍に握られ、軍部独裁の暴走だけが強調されますが、そうではありません。これは東大と同様に当時の最難関教育機関であった陸軍大学、海軍大学を卒業したエリート中のエリート軍事官僚の独善の姿を表しますが、しかし朝鮮領有、シベリア出兵、遼東半島領有、そして満州支配への道は必ずしも軍事官僚だけの独断と暴走ではなく、驕りで協調性を失った東京帝大卒を含むこれら三者の主導権争いの共同作業だったと言うべきものでした。

「薩長藩閥政治」を近代高等教育で養成した官僚による政治で打倒しようとした明治の志士達の夢は、難関という虚構を作ることで今度は「学閥政治」という悪弊をこの国に作りました。学閥は自分の出身校の絶対的な優位性を背景に利権確保を図ることです。「平家にあらずんば人にあらず」と同様に、日本の官僚政治の世界では「東大にあらずんば人にあらず」がまかり通りました。

加藤高明は、明治天皇をして日清戦争は「朕の戦争ではなく、大臣(陸奥)の戦争だ」と言わしめた独断専行の切れ者と言われた陸奥宗光の薫陶を受けました。藩閥政治否定派の陸奥の期待に応え、加藤も独断専行の外交官、政治家でありました。

加藤は政党政治や普通選挙法施行に努力し、天皇主権の時代の中ではまさに民主主義萌芽の立役者です。しかしそれとは裏腹に中国人蔑視と言論弾圧を色濃く持つ「対華21か条の要求」や「治安維持法」制定の主導者でありました。前者は軍事官僚の中国領有、侵略の思想的根拠を与え、後者は民主主義や世論を封殺する軍国全体主義を守る法となったのです。

加藤の急死で後を継いだ若槻礼次郎も一高、東大首席の典型的な銀時計首相でした。彼が政治を担った時、外交では加藤の21カ条要求やシベリア出兵で国際的孤立の危機にたたされ、国内はシベリヤ出兵の戦費支出や買占めによる物価高騰に加え、関東大震災の震災手形の不良債権化という最悪の経済状態に陥っていました。

一高東大首席なら、この難問は解決ができると国民は期待したのでしょうか。しかし期待は外れて、すぐに昭和の金融恐慌を起こし、彼自身も汚職の被疑者に模せられて、敢え無く内閣総辞職しました。

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「ああ玉杯に花受けて、天上天下唯我独尊」(2)

本欄が連帯する「糾弾掲示板」に掲載された記事を転載します。http://www.kyudan.com/

「昭和21年、フーバー調査団が公務員制度改革構想のための調査で得た印象は、官吏が公務員として相応しくないという事だったそうです。フーバー調査団の原案をもとに、国家公務員法が22年に可決されこの時から官吏は公務員、公僕になりました。しかし、昭和24年にフーバーが再び来日して次のように語ったのです。

『どうにも感心しない態度の官吏が相当多数見受けられます。これは特に一部の高級官僚に見られ、彼らは、主権が国民にない環境で任用され、訓練され、昇進してきたので、今、俄に主権在民の観念を体得して日常執務のうえに活かすとことが困難なのです。これらの人々の中には、一般国民が主権を有し、官吏が国民に奉仕するなどとは馬鹿馬鹿しいと考えているものが遺憾ながら少なくない。彼らの大部分は一般国民に対して無関心であるか、又はこれを軽蔑していて、官途につくことは、将来自分の富を成し、自分の尊貴を得る途(立身出世、富貴栄達の途)と心得ているのです。・・・かかる官吏は民主国家の行政官として不適任なことは申すまでもなく、長くその地位に留まっていることは日本国民の自由に対する一つの脅威となるであろうと思われます。』

50年以上前の観察の「ああ玉杯に花受けて、天上天下唯我独尊」の弊害が今の問題であり続けていることを示す証拠です。

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「ああ玉杯に花受けて、天上天下唯我独尊」(1)

今では老人の部類でしょうがインテリと呼ばれた人間は太平洋戦争敗戦の少し後までこの国に存在した日本の高等教育の登竜門、旧制高等学校の寮歌を好みます。最近では毎日新聞のコラムニスト石見隆夫氏が歌詞が実に良く、これを歌うと気持ちが昂ぶると書いていました。

「ああ玉盃に花受けて」は一高寮歌で、知性の最高峰の学校に学ぶ者の誇りを歌ったものです。この国の隆盛と国家近代化を明治天皇から嘱望された官僚養成の登竜門は一高東大と繋いで呼ばれたように、この国の教育の最高峰でありました。それは学業成績が抜群であり、同じ東大卒官僚の中でも特別な権威を持っていたのです。そしてここで学んだ人間は同じ気持ちで石見氏のように誇り昂ぶり、この寮歌を高歌放吟して町を歩きました。

この寮歌の歌詞には「栄華の巷低く見て」という一節があります。この歌詞を本来の意味ではなく、例えば「ああ玉杯に花受けて」を「天皇国家から権力を与えられ」と解釈し、「栄華の巷低く見て」を「国家国民を見下して」としますと、次の「天上天下唯我独尊」という言葉とつながりをもち、この国の政治のみならず、経済活動や教育までも支配してきた日本の東大卒官僚の内面を明瞭に表す言葉になるであろうと思います。

そして敗戦後の現在に続くまで、この学業成績、今なら入学試験の点数でしょうが、その抜群の者の誇りではなく、驕りとして、一世紀以上もこの同じメンタリティーは受け継がれてきました。

20世紀以降のこの国の失敗の本質は、受験知識を高等と錯覚した者の独善と愚かな矜持に発します。すなわち日本人の叡智を統合できず、合理的思考を阻害する暗記秀才の独断が許されたことです。

昔の中国の科挙試験合格者は皇帝臨席の殿試という場に集められ、成績順に首席を状元、以下、榜眼、探花と呼ばれ、官僚の職位もそれに応じた栄誉に満ち溢れた官僚任官式でもありました。この栄誉は高位高官になることで一族郎党までが人民を睥睨できる栄耀栄華の保証の儀式でもあり、彼らは地方では小皇帝と呼ばれる権力を与えられたのです。

東京帝大の卒業式も天皇臨席で行われ、学部首席者には銀時計が下賜されました。これを日本では「銀時計組」と呼びました。そして文官官僚による政治運営を希望したという昭和天皇の意向にそい、東大官僚出身の首相は加藤高明はじめ「銀時計組」が担ったのです。この系譜は天皇の官僚として「国民を睥睨する」独善と恣意に満ち溢れる政治運営を容認しました。これが日本が無謀な戦争への突入と国家破滅を導く道筋でした。

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難関教育が反国民的亡国の官僚を産む

この国の政治を付託されたエリートと呼ばれる官僚が「この国の近代化や発展に貢献したことがあるか」と問われたときに、おそらく全ての国民は「No!」というに違いない。

20世紀に入り、国家最高峰の学校と言われた陸士、海兵、そして東大で教育された者たちがこの国を支配し始めてから、この国は先の大戦の壊滅的な亡国への道を辿ったことを忘れるべきではない。そして、今、私達が享受する自由と民主主義はこの国の知性を代表すると称された彼ら官僚によっりもたらせたのではなく、悲惨な敗戦の代償として、勝者のアメリカ人によって与えられたものだ。

この亡国への道の発端を書こう。日露戦争開戦の前夜、明治の元勲、伊藤博文はロシアとの講和派であり、日本の国力からして日露戦争を勝利で終局に至らしめるのは困難であると考えていた。しかし東京帝大出身の左翼の学者連中は、対ロシア開戦を明治天皇に直訴するに及び、国民世論の開戦の渦を呼び起こすことに成功した。

近代教育を受けない明治維新の元勲の言葉に耳を貸そうという謙虚さはなく、維新の志士、すなわちこの国の近代化に挺身した伊藤博文をして「なまじ学のある大馬鹿者ほど、恐ろしい者はない」と述懐させたのである。

対露和平交渉の小村寿太郎も第一大戦の和平会議の牧野伸顕も、入学試験で選抜されて東大へ入り、教育を受けた者ではなく、だからまだしも彼らは世界の外交史に僅かに名前を残してはいるけれども、ロシアから譲られた満州鉄道を日米共同経営でヨーロッパから太平洋を結ぶという無学の桂太郎首相、伊藤博文や井上馨外相たち老人のこの国の20世紀への発展の夢を、身長150cmに満たない東大卒秀才外交官の小村は反故にすることが出来た。

しかしこれが遠因となり西欧列強と肩を並べたこの国を国際連盟という世界の場でフランス、イタリアの同調を得ながら英米に負け、第一次大戦後の国際外交の主導権を握れない牧野の限界を産んだのである。

そして高等教育で養成された官僚を登用することで腐敗した藩閥、門閥政治を駆逐し、国家近代化を目指した山本権兵衛内閣は皮肉なことに、彼が嘱望した海軍兵学校出身の若き軍事官僚の汚職事件で退陣した。その後、ロシア革命後にシベリアに出兵した陸軍士官学校卒の参謀本部は、無学歴の原敬首相や明治学院卒の高橋是清首相の撤退の命令に全く耳を貸さず、撤退は海兵出身の海軍大将加藤友三郎首相や東大首席の加藤高明の撤退演説があるまで無謀なシベリア駐留は継続された。

東大卒初の首相である加藤高明は、中国歴代王朝の中で宦官とともに政治腐敗の元凶となった試験優越の科挙官僚と同質のペーパー試験秀才としてこの国に登場した最初の首相である。彼は牧野伸顕を挫折させた第一大戦のドサクサに紛れて、日本外交史上でも恥ずべき対華21か条の要求を突きつけた張本人であった。そして日英同盟締結の推進者であり、自由選挙法の制定者であり日本軍国主義を招来した言論弾圧の治安維持法の制定者でもあった。

この支離滅裂の彼のエピソードとして語られることは、元勲、貴族、同僚に対して飛び切り傲岸無礼に振舞う典型的な東大首席者の顔である。つまりこれは試験成績だけが飛び切り良かったという理由でこの国で許された「天上天下唯我独尊」の恐るべき知性の持ち主であったことを物語るのである。

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日本の政治腐食はどこから

国家近代化の夢を実現しようとした明治維新の志士たちの思いを振り返りましょう。

近代文明が発達した西欧列強の侵略を防ぐ方法、それは富国強兵の日本であると同時に、民族の力を西欧列強のそれに匹敵させることでした。そしてこれを実現させる方法論が、国家100年の大計たる国民皆教育の思想でした。

この新国家建設の理念は、明治維新の三傑の一人、木戸孝允が文部卿に就任したことにその強い意志が込められており、無念にも早世した木戸に代わって彼の遺志は残る三傑の西郷隆盛、大久保利通、そして伊藤博文や山本権兵衛らに引き継がれました。小学校、中学校、高等学校、大学に併せて、専門学校、高等専門学校が設立されました。

この国の富国強兵と国家近代化の使命を負託されたのが、当時の難関、創立順に陸軍士官学校(陸大)、海軍兵学校(海大)、そして東京大学(東京帝大)でした。小学校、工学校や農学校、そして高等専門学校で教育を受けた日本人は、この国家100年の大計たる近代教育の負託に応え、急速に民度が向上し、文盲の解消、鉱工業生産や農業の近代化、集約化の進歩に貢献しました。

この国民力の発展としての国力の充実は維新後わずか半世紀足らずでこの日本を西欧列強に伍す国家国民を実現し、明治維新の元勲たちが見た夢を裏切ることはありませんでした。それでは国家の中枢たる政治運営の負託を受けた難関と呼ばれる高等教育の成果はどうだったでしょうか。

難関卒の彼らはこの国では軍事官僚、文官官僚と呼ばれる超がつくエリートでしたが、彼らが本格的にこの国の中枢を独占するのは日露戦争後、すなわち20世紀になってからのことでした。20世紀の始まり、それは明治の元勲たちが見た近代国家への道の国家100年の大計たる日本の教育精華の総仕上げの時期でもありました。しかし歴史はどう動いたでしょうか。

20世紀の開始から最初の半世紀は、日本の一度目の国家破綻への道のりでありました。経済失政、民主主義の後退、そして軍事官僚独裁の果てに、大東亜戦争から原爆被爆を受けて、日本のエリート達の暴走は終焉しました。この半世紀はエリートと呼ばれた者たちの狂気に満ちた饗宴に過ぎませんでした。

太平洋戦争の敗戦で、日本は焦土と帰しました。明治の元勲の国家100年の大計たる教育の精華は実現することなく無残にもこの国を破滅させました。しかし敗戦後、この国に施された技術教育や国民皆教育の成果の根は戦後に生きながらえ、焦土の中から僅か30年足らずで国際競争力を持つ精緻な工業製品生産を実現し、日本を完膚なきまでに打ちのめしたアメリカに肉薄するまでに国力を回復させる原動力となったのです

戦後60年、軍事エリートは排斥されましたがこの国の政治の中枢は明治維新からの東大を頂点とする文官エリート官僚により差配されてきました。そして今、この国の政治、経済、青少年の文化が退廃し、国家の屋台骨たる国家財政、社会保障制度、経済運営が閉塞し、先の大戦と同様に二度目の国家破綻の淵に立っています。

昨日、後期高齢者医療制度の保険料徴収が始まりました。この国に住む誰一人、この制度が破綻に瀕すこの国の医療保険制度を守るための優れた政策とは考えてはおりません。いったい誰が立案したのか、そしてこの愚劣とも言える政策しか立案することができない官僚を育成したのはどこの学校かを問わなければなりません。