経済・政治・国際

NHKドラマ「坂の上の雲」の歴史的考察

国民的な人気作家司馬遼太郎原作の「坂の上の雲」のドラマがNHKから放映される予定らしい。この原作の小説は日露戦争の日本海海戦の勝利を導いた海軍参謀の秋山真之を主人公にしたものである。

小説では明治維新の国家近代化の時代の流れの中で、明治維新により旧体制が崩壊して没落した下級武士が、身分を越えた立身出世の道を歩む姿を描いている。すなわち、明治維新政府が西欧に習って作った高級官僚養成の高等教育機関へ進むことによって、それまでの出自や身分による世襲ではなく、学力によって高位高官に昇れる新しい時代の仕組みの中を邁進してゆく姿である。

士農工商という身分制度や士族の中の上下によって政治に進む道が決められた旧弊を打破する近代高等教育は、西欧列強の侵略を跳ねのける国家近代化とそれを実現する人物養成の理想徴として、当時の為政者たる無学無教養の維新の志士上がりの元勲達の目には写ったに違いない。

秋山真之自身は、明治維新の志士やそれ以前の日本の歴史の中で燦然と輝く破格の日本人の資質と能力を備えていた人物と看做してもよいかも知れない。没落した貧困下級武士の身分から、下級といえども士族が身に着けていた学問教養を生かして頭角を現し、同級生の正岡子規とともに一高に進むも、東大ではなく海軍兵学校を首席で卒業する経歴を獲得した。

国家が激動する世界の中で、先進国諸国との競争に打ち勝つためには国家を構成する国民の力がものをいう。その意味で、明治維新政府の国民皆教育は極めて重要な政策であり、日本がアジアの奇跡と呼ばれる国家近代化と富国強兵を実現して、西欧列強の侵略を食い止められた唯一の国であった原動力である。

明治維新が、旧弊たる士族の上下の身分を超越した下賎、無頼の階層の人間によって推進されたように、日本の軍事組織を近代化することに成功した貧困士族の秋山真之兄弟を抜擢する成果を挙げた明治維新政府の高等教育も一つの歴史的成功例である。

松山中学、一高、海軍兵学校、或いは東京帝国大学という経歴なら、日本人の誰しもが尊敬し、その人物識見を疑わず、国家運営を委託するにたる人物であると考えてきた。秋山真之は成功した実例として、正岡子規は志半ばで倒れた崇高な文学者として、日本人はこよなく愛着を感じる人物像に違いない。

しかし、日清・日露戦争までを闘い抜き、国家近代化を成し遂げた高等教育とは無縁だった日本人の姿が、明治以前には綺羅星の如く登場した日本人が、秋山真之が青年参謀として戦った日露戦争以後、日本には突如、出現しなかったことを私達は重要視しなければならない。

20世紀、日本はアジアで唯一、西欧列強の仲間入りに成功させた志士達の時代が終わり、秋山真之たちの高等教育で養成された官僚主導の時代に入っていた。しかしこの20世紀の始まりは、日本が亡国する始まりでもあったのである。

明治の高等教育が始まり30年が経過していた。東大一期生の小村寿太郎、東大首席首相の加藤高明、浜口雄幸、小説の世界では「坂の上の雲」の秋山真之のように煌びやかに語られることが多かったが、政治や外交、そして軍事において、これらの煌びやかな学歴に彩られた官僚政治は、明治維新政府よりも無力であり、無教養であり、西欧諸国に対する卑屈な国家運営の歴史であったことを、日本人はこの近現代史の中から読み取らなければならない。

その原因こそが、人物識見を見ることが出来ない知識暗記一辺倒の受験教育、中国における科挙試験と同列に変質した近代高等教育の陥穽であったのだ。

それ故に、日本の内にあっては傲岸無礼な官尊民卑の中央集権官僚政治が樹立され、外交においては幣原喜重郎のような軽薄右顧左眄の内弁慶外ミソ官僚による失策の連続であった。

20世紀は皇帝の専制政治から国民が政治主権を奪回した世界であった。すなわち国民主権の民主主義政治体制の大きなうねりが世界を取り巻いていた。

しかし日本だけがこの民主主義という世界の潮流に乗り遅れ、官僚支配中央集権制の政治のままで世界で孤立していった。完全な時代遅れであったのだ。

NHKが放映した海軍軍令部将校の反省会は、学歴至上の誤ったエリート海軍将校達の懺悔の言葉である。そこで語られたことは、想像を絶する「思いあがり」であり、国民を睥睨し、国民には知らしむべからずの独善と奢りの姿であったことだ。そして、その虚構の知性や理性は海軍軍令部参謀であった秋山真之の成功例を根拠としていたことである。

戦後、軍隊は解散したが、入学試験で判断する価値観と、日本の高等教育にかける信頼観は呪縛のように日本人を支配し続け、官僚主導自民党中央集権政治を信託してきたのである。この価値観、刻苦勉励に耐えれば立身出世できるという教育観こそが、日本の今日の政治問題であり続けている。

NHKドラマ「坂の上の雲」が官僚礼賛、刻苦勉励教育を肯定する幻影を国民に撒き散らさないことを強く希望する。

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日米軍事同盟の役割は東アジアの軍縮である

現在の世界は、東西冷戦構造が崩壊して20年を迎えたが、旧社会主義国であるロシアと中国が経済的発展を遂げたことにより、再び世界の安全を脅かす戦争の危険性を萌芽させてきている。

ヨーロッパにおいては旧ソ連の盟主ロシアが、そしてアジアにおいては経済発展を遂げた非民主主義の中国が凄まじい勢いで軍備拡張を進めて来ている。あたかもそれぞれの域内での覇権を追求するがごとく、旧来の軍事力を背景として大国主義的外交戦略を準備して来たことである。

社会主義と自由主義経済の対立は、双方の陣営がそれぞれの世界秩序を世界的に支配しようとする争いでもあったが、社会主義経済体制が崩壊して、世界は新たな自由と民主主義の秩序を確立しようという過程にあった。

ここでは思想的、経済体制的な世界の覇権争いは最早無意味であり、それ故、軍事的対応が無用となる、人類にとっては一つの大きな進歩の過程を進もうとして来た20年でもあった。

エネルギー資源価格の高騰による経済復興を遂げた新生自由主義ロシアと資本主義経済体制を併用して高度経済成長を遂げた社会主義中国の台頭は、これらの国が自由と民主主義をその政治理念とする限りにおいて、世界は歓迎すべきことであった。

しかし何故、ロシアは東ヨーロッパ諸国における自由主義経済体制への共同体化に干渉しなければならないのであろうか?アジアにおいては、何故、中国は急速な軍拡を進めなければならないのであろうか?全く不可解としかいえない。この二つの大国にとって、自由な世界の経済市場が存在してこそ、彼らの将来の発展も約束されるはずだからである。

自由と民主主義は、民族の対立を超え、国境を無くし、究極的には世界連邦樹立への道を開く政治体制の基本である。そしてこのことは世界戦争の世紀であった20世紀の人類共通の歴史認識でもあった。

政治体制やその政治観が自由と民主主義で共通する限り、国家間の争いを武力で解決しようとする政治体制や思想は完全に否定されなければならない。この理想に到達するために、一国覇権主義の大国が世界の安全保障を支配する時代も終わったと考えなければならないのである。

そのことは、冷戦終了後20年に亘って続いたアメリカの1極支配体制が、昨年の金融資本破綻に始まるアメリカの凋落により、その1極支配が崩壊し始めていることにも象徴的に示されていることである。

日本の民主党政権は、アメリカ一極支配から多極的支配に移行しつつある今、アジアの安全保障機構を構築するために、従来に増して日米軍事同盟を活用しなければならないのである。それは従来の社会主義イデオロギーに影響された反米主義や反自由主義の理念ではなく、ましてや幼稚な平和幻想の外交でもありえない。

交戦権を放棄している日本が担うべきアジアの安全保障の役割は、交戦権を保持するアメリカとの同盟を通して、東アジアのみならず、アジア太平洋圏の集団安全保障機構を樹立することである。そしてその目的は、交戦権を放棄した日本が、軍備拡張を続ける中国やロシアの軍縮を強く要求し、相互の安全保障に関する信頼を構築することである。

少なくとも東アジアの地域においては、国境紛争や経済紛争、或いは民族や国家支配が非民主主義的に進められる軍事紛争は絶対に容認しないという体制のリーダーたる役割が、日本の民主党政権には求められている。このことはASEAN諸国が共通に希望していることでもあり、先の戦争の責任を償うことでもあることを民主党政権には深く銘記してもらいたい。

この意味で、普天間基地拡充の理解を住民に求め、その代償を手厚くする約束をすることである。そしてアジア安全保障機構設立のために必要ならば、自民党の密約的対米従属の日米軍事同盟ではなく、交戦権を持たない日本に代わる戦争抑止力としてのアメリカの軍事力を拡充させる国民的合意を確立するために、防衛構想を一刻も早く開示することである。

日米軍事同盟の破綻は、日本が交戦権を持つ軍備した国家に再び戻ることを意味している。反米主義や幻想的反戦主義が、ヨーロッパやアジアで勃興し始めたロシアや中国の覇権主義への対応として如何にナンセンスであるかを、更にこれらの国が国連の決議を超越できる国家であることを、民主党政権は日本の国民に周知させる必要があるだろう。

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郵政会社社長人事は白紙撤回せよ

このブログでは日本の国家を滅ぼす元凶として東大と東大法学部官僚であることを主張してきた。今回の鳩山由紀夫内閣が「脱官僚政治」を掲げながらその実態は東大、官僚主導型の内閣であることを危惧してきた。

その危惧は、今、次の郵政会社社長が元大蔵事務次官斎藤次郎であることで、現実のものとなった。斎藤次郎は一高東大法学部の典型的な大蔵官僚吉野良彦の子分だった。国民を睥睨する愚かな政治は出来ても、この国を改革する気概も知性も持ち合わせていない。出来ることと言えば、問題先送り、玉虫色の駄文法律の作成と、そして愚

劣な先例主義の頑迷固陋な御身大事の立身出世主義の実践である。それは彼の経歴から読み取ることが出来る。

亀井静香も元警察官僚というキャリアだけを誇る愚昧な人間である。何の政治哲学も持っていない。鳩山内閣の藤井財務大臣、岡田外相、仙石行政刷新相、福島小子化担当相、そしてこの亀井金融・郵政民営化担当相の人選は、明治維新政府から100年を経て、ようやく開いた自由と国民主権の政治を確立するための、いわば国民の期待を一身に集めた内閣として、すこぶる違和感のあるものであった。

振り返ってみれば、橋本龍太郎行政改革内閣、そして小泉構造改革内閣もその主たる政治理念は官僚政治の打破においていた。しかし橋本行革内閣は父親が官僚であったこと、自身がそれほどの政治的資質に恵まれなかったことで、結局は官僚言いなりの官僚傀儡内閣であることが国民に知れてあっけなく瓦解した。

これを引き継いだ小泉構造改革内閣は「官僚主導自民党政府をぶっ壊す」と叫び、郵政民営化選挙に撃って出て国民の圧倒的支持を獲得し、大勝した。しかし、小泉の構造改革は官僚を実働部隊とする体制内改革であったために、官僚の猛烈な抵抗を受けてほとんどが骨抜きにされてしまった。

この夏の民主党の衆院選の大勝利とそれによる政権交代は、歴代自民党政権の中で初めて官僚を抵抗勢力と位置づけ大勝を博した小泉郵政民営化選挙を引き継いだものだ。郵政民営化は脱官僚政治として小泉が選んだものであり、国民の大多数もそのことを希望したことを意味している。それが「脱官僚政治」のスローガンを掲げて大勝した今回の民主党の選挙結果であったのだ。このことを決して忘れてはならないのである。

反対のための反対の社民党や抵抗勢力官僚の思惑を代弁する国民新党を含めた国民の支持によるものでは断じてない。

鳩山自身が東大卒で、嘗て一高東大卒の共産党の不破哲三に極めて厚い親近感を抱いていたように、今また、大蔵官僚の藤井や亀井に親近感を持って来た。そこには政治家としての理念ではなく、個人的な同胞意識とでもいうべき、学閥を構成する原因の同学意識が色濃くにじんでいる。

鳩山内閣のアキレス腱は、かっての小泉構造改革内閣を支えた財務大臣塩川正十郎が民主党内閣には官僚が多すぎて脱官僚政治の実現が危ないとした苦言がいみじくも現実味を帯びてきたことでもある。

岡田哲也や社民党の自民党憎し、小泉憎しの政治改革では、この国の亡国の官僚支配政治を乗り越えることは不可能である。影で官僚たちが糸を引いてきた民間主導の郵政会社の経営であったから、その傀儡の西川社長の更迭は必然的な成り行きである。しかしその後任が、民間人が全て拒否したという理由で元大蔵官僚を指名する愚かさは、国民の政治改革、行政改革の希望の芽を摘み、この国の将来を暗澹とさせる官僚政治復活或いは生き残りを予感させるものだ。

おそらく、民主党と鳩山内閣の国民の支持率は、今回の歴史的な愚かな人事によって急落することであろう。それはまさに官僚政治とその利権の保守を狙う東大卒官僚達の策略がまんまと効を奏したことを意味することに他ならない。

このブログでも主張したが、鳩山由紀夫は国民新党との連立を解消し、亀井静香を解任して斎藤次郎の人事を白紙撤回すべきである。それなしには、脱官僚政治、真の国民主権の民主政治の始まりを告げた先の選挙による大勝と政権交代の歴史的意義は水泡に帰すことになるであろう。

憂国の情をもって、強くこのことを鳩山由紀夫個人に伝えたい

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自民党官僚政治の公共事業と地方支配

この国は中央政府の国と地方がそれぞれ分担して行政を行ってきたという信仰がある。小学校の社会科の教科書にはそう書かれているからである。しかしこの国には地方自治は勿論、中央政府と地方政府の共同経営という行政の姿など存在しなかったのである。

大は高速道路とかいま中止が決まったダム建設から、小は村の生活者道路や公民館、医療施設、トイレにいたるまで、補助金という金の支配によって、中央の官僚が支配してきたのである。

憲法で規定する地方自治という言葉はある。しかし本来、国民にすべからく施されるべき税金を国が支配することによって、この国の地方自治は中央省庁の被支配組織、分かりやすくいえば奴隷機関におとしめられてきた。これが科挙官僚支配のこの国の戦後民主主義政治の実態であった。

このからくりの仕組みは、戦前から続く『政治は金儲け』の考えに基づいて、政治が業界と癒着することにあったからである。

地方には、中央政府に抵抗する手段はあった。中央政府からの補助金を断ることである。しかしこれは極めて乏しい地方交付税と住民税で地方政府の市町村が市民の社会ニーズに応えなければならず、世界第二位の経済大国の日本の地方政府は、公園建設や保育園建設もままならない財政基盤しか持たされてこなかった。

霞ヶ関がぶら下げる、言わばおとりの餌に頼らざるを得なかったのだ。だが、いったん補助金を受け取れば、それはまさに奴隷になる契約書を書かされることを意味した。無用の設備や単価の高い工事費、そして冗談ではなくトイレットペーパーの規格まで強制される『金儲け政治』の罠に落ちることを意味していた。

地方自治体の創意工夫や経営効率化への努力は、「地方は何も考えんでもよい、中央政府の頭の優れた官僚様が考える」という意識で木っ端微塵に粉砕された。地方官吏としての誇りを奪われ、ただ漫然と決められた予算を何の目的意識もなく、無気力に消化するだけの非生産的な地方行政の執行者、まさに政府の飼い犬に堕すことを強いられた。

そして気がつけば国に従って税金を垂れ流し、財政破綻寸前の状態になってはみたものの、生産性を挙げるべき社会インフラがいたるところで無用の長物化していたのである。

これが日本の現実である。地方産業、農業や漁業の後継者育成も出来ず、保育園や医療・介護施設などの社会インフラも、バカ高い民間の施設はあっても、全ての国民が安心して医療や子育てをするための施設など、どこにも満足には存在していない。あるのは常に『アキがない』という、行政の怠慢を象徴する施設であり、それは業者に甘く、国民に冷たいこの国のこれまでの政治の形を如実に示しているものであった。

日本の公共事業は産業振興にも、経済基盤の拡大にも、まして国民生活の改善にも役に立たないことは明らかである。政府支出によってGDPが増加する、景気が改善するは全くの詭弁であり、嘘である。公共事業の財政出動をしてみたものの、この国の公共事業は、有能ではない中央官僚の杜撰な業界ニーズに沿った計画で行われることが常であったから、新たな産業も、次世代の経済基盤の拡大強化も、中小企業支援にも、まして雇用拡大にもならなかった。

経済対策、財政再建の名目で支出されてきた国家の負債700兆円は、まさにそのことを示している。しかも、いつの間にか官僚自民党政府は国民の負債と称して緊縮予算、増税を主張してきた。彼らが立案した景気浮揚、経済底上げという大儀名分に騙されて、これほどの財政赤字の負担をしても、今日の慢性的とも言える不況は解消されず、ますますこの国の経済基盤が弱体化している現実を目の前にしている。

この現実を我々日本の国民は直視しなければならない。そして官僚自民党政治は二度と復活させてはならないのである。

彼らは自由主義者でも民主主義者でもなく、官僚統制の腐敗の国家社会主義者であることを決して忘れてはならない。そして、この国の教育を基盤に形成された『産官学』癒着の利権構造の打倒を肝に銘じた者以外は、新しい民主党政権の中枢から駆逐すべきである。

元官僚の民主党議員は、まず最初にこのことを国民の前に誓約し、政策実行としての地方主権政治を進めることでそれを証明しなければならない。

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脱官僚政治の完成には3年の月日をかけよ!

老人介護や保育園の致命的な少なさを知るたびに、戦後60年もの自民党官僚政権の政治がいかに杜撰で、心卑しく、貧しいものであったかが実感させられる。

少子高齢化が意識されたのは1990年の頃であった。退職高齢者の医療費が急増して、健康保険の財政基盤が揺るぎ出し、それまでの開業医お手盛りの医療費支払いを健康保険組合が激しく批判し、医療制度の抜本改革が求められた。

しかし、改革は何ら行われず、患者たる国民が受ける医療の環境は悪化の一途であり、医師会の反対によって必要な数の医師の養成もままならず、医療従事者の職場環境も悪化の一途であった。

医療ばかりではない。既に30年以上も前から、勤労婦人のための保育園は全国的に不足していると言われながら、今日に至るも何ら改善されるところはなく、順番待ちの長い列だけが続いている。老人介護もそうだ。経済的負担の軽い公的介護施設も、20年このかた、あいも変わらず長い長い順番待ちの行列である。

この国には本当の国民主権の民主主義政治など存在してはこなかった。そればかりか、試験で選抜された官僚が有能であるということが虚構であり、虚妄であり、それはとりもなおさず、この国の高等教育が完全に間違っていたことの動かしがたい証拠でもある。

そして試験に合格したことによって育まれた官尊民卑の意識に蔓延したこの国の行政担当者達は、すなわち全国津々浦々の役所で働く公務員達に至るまで、「法律にない」「予算がない」の一点張りで、木で鼻をくくるような行政対応をして国民の心を貧しくさせて来たのである。

内需はこの国に満ち溢れている。財源も豊富にある。しかしそれらはいずれも行政担当者たる公務員に無視され、隠蔽され、そして彼らの給料となって浪費されてきたのだ。

国民の切実な社会的ニーズがありながら、それらを無視して年間5兆7千億円もの財源を消費して道路建設に使おうとしたこの国の官僚と自民党政権は、一体、何者であったのか。

紛れもなく、正常な政治判断力を持たない正真正銘の無能力者であり、政治を担当すべき者が最低限備えなければならない知性と判断力を完全に喪失した人間達であったとことに相違はない。

経済再生や国民生活の向上、産業や教育の振興などには少しも使われないで浪費されてきた負債による国家財政の悪化の責任は、政権を追われたといえども官僚自民党政権にあることに相違はない。

だから国家財政の健全化を急げなどの主張は下劣な人間達の詭弁であると見るべきである。

この国の年間総財源200兆円のうち、その1割の20兆円は毎年浪費されて来た。そして給料、退職金、年金の生涯賃金賃金では民間平均より3割高い公務員給与として、精神的に全く貧しい行政サービスの報酬として年間32兆円も使われて来た。

この国の新しい政治を行う財源はここにある。総額は30兆円に上るであろう。しかし、猛烈に抵抗する官僚や民主党を支持する勢力の一画を占める公務員労組の非協力がある限り、すぐには本来のあるべき政治の姿に変えることは難しい。

だから彼らから既得権益を国民の手に返還させるために3年の月日を用意せよ。そして喫緊の国民のニーズに応え、内需刺激のシナリオと経済再生の道筋を国民の前に明らかにしたら、そのための赤字国債による財政出動をためらうべきではない。

心配は無用である。まだこの国は、依然として世界第二位の支払い能力を持つ国民の海に浮かぶ国家だからである。

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八ッ場ダム建設は官僚政治の象徴

民主党政権は八ッ場ダムを含む全ての建設途上のダム建設の中止を決定した。極めて適切な政策発動である。これらのダムは非効率高速道路の建設と同様に腐敗した国民軽視の典型的な官僚政治の象徴であったからだ。

昭和27年に計画された八ッ場ダムは、治水を目的に建設が進められてきたものだが、その用途は官僚政治が常套句として使用する多目的ダムと称されて来た。しかし、現在なら地球環境問題としてニーズがあるともいえる発電は最初から考慮されておらず、治水や利水の効果も疑わしい、極めて杜撰な計画であった。それがお飾り程度の発電機能を追加して、今日まで継続され、2015年完成予定というのである。

その杜撰さは、計画だけでなく予算の消化にも現れている。予算の70%は使われてしまったが、工事自体はまだ基礎工事すら終わっていない。しかも当初予算の2000億円では足りず、4000億円に増額されたが、ダム建設の用地買収も周辺整備すら完了していない有様である。

計画策定から半世紀を越えて建設が遅れたのは、単なる政治的反対勢力による妨害があったからではない。地域住民の民意を汲まず、住民が納得するダム建設の説明能力すら持っていなかったからである。政治的に中立の住民や市民の理解すら傲慢に無視する官僚行政の典型的な姿であったからである。

利水と治水を多目的という言葉で誤魔化しても、この50年の間、東京近辺では河川の氾濫も旱魃による被害も発生しなかった。だとすれば、「必要ない」として建設反対を叫んだ市民の判断の方がどれほど正確だったかが分かろうというものである。

しかし戦前から続いてきた官僚の驕りの政治は常に国民の判断を撥ね付け、高みから国民を差配し、木で鼻をくくるような建設業者と癒着した傲慢な悪徳政治であったことを如実に示すものである。自民党腐敗政権ではこの悪辣な姿を国民の目に明らかにすることはしなかった。

民主党政権によって、今、まさに戦後にも生きながらえたこの悪徳官僚政治は音を立てて崩れ始めている。官僚政治に組する反対の声が上がろうとも、断固として建設中止を推し進めることである。そしてその計画自体の全容を国民の前に明らかにすべきである。それはそのまま官僚政治の腐敗と驕りの、到底国民主権の政治とは呼べない支配政治の実例を、国民の前に明らかにし、官僚政治に完全に終止符を打つ歴史的新時代の幕開けを事実として示すことになるであろう。

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次官会議の廃止-東大解体闘争の歴史的意味

民主党政権になって、明治19(1986)から始められたという内閣次官会議が廃止された。極めて感慨深い歴史的な変革である。

この次官会議は、明治維新政府の政治の具体化、すなわち行政実務の最高峰に君臨していたものである。最初は近代の高等教育とは無縁な薩長閥を軸とする士族を中心に構成されていた。明治の国家近代化は様々な出自の人間が周囲の評価を勝ち得て行政のトップに選抜され、同じ明治維新の志士上がりの政治家の指導の下で推進された。

しかしやがてこれらの次官会議のメンバーが、入学試験の成績のみで選抜された官僚出身者にとって代わられた時から、この国は亡国の敗戦への道を辿り始めたのである。そしてこの次官会議こそは、「東大にあらずんば人にあらず」の藩閥政治に代わってこの国の政治を東大学閥で独占する科挙官僚政治の始まりを意味していた。

太平洋戦争が文官官僚と同様に、入試難関であった陸士、海兵出身者達の暴走と断ずる歴史認識は誤りである。日本と日本国民を破滅の淵に導いた先の亡国の敗戦は、軍事官僚だけの責任ではなかった。いずれも中国を模倣した皇帝に仕える官僚を科挙式の試験で選抜するという、日本の近代高等教育から輩出された文官官僚と軍事官僚が起こした傲慢で無謀な国家運営であり、愚劣な戦争遂行であったことは紛れもない歴史的事実である。

しかし日本の政治史上でも文字通り陋劣な中央集権政治の仕組みが起こしたこの国の悲劇の真の原因究明はなされず、軍事官僚と同様に共同正犯として国家と国民に対して負うべき責任は、広田弘毅一人を断罪することで一切を免れ、敗戦後も何食わぬ顔で存続し続けてきた。

その理由は。戦後、世界が自由主義と共産主義が対峙する冷戦という政治構造に大きく変化したことによって日本の旧秩序が保守されたということが挙げられるが、天皇の官僚という姿のままで自由と民主主義を標榜した新生国家の中で生き長らえてきた大きな理由は、次のように考えるべきである。

すなわち、日本の政治の実質的な遂行者であった官僚とその組織が生きながらえるための「命乞い」の代償として、新生日本は米国に隷属する密約をアメリカGHQと取り交わしたこと。そして民主主義の選挙が導入されても、天皇から負託されて行われた戦前の亡国の官僚政治を国民が再び支持したのは、ペーパー試験の成績が優れる者こそが日本の知性を代表するにふさわしいとする、日本の教育制度が育んできた虚構の人物評価観であったことだ。

そのことを象徴するのが、この内閣次官会議であり、日本の政治が政治家主導の政治ではなく、明治時代から続く官僚主導の政治であったこと示す紛れもない証拠である。

民主党政権が閣議と同じ機能を果たしてきた事務次官会議を廃止したことは、この国の政治が本当に近代化する新たな出発を意味している。そしてこのことは日本の教育観を大きく変えなければならないことも同時に意味している。

40年前、私達が経験した東大解体闘争の真の歴史的意義や闘争の目的こそが、明治憲法に定義された天皇を権威の頂点とする官僚優越の中央集権の全体主義国家運営への反対であり、間違った国民の教育観に支えられた官僚輩出機関としての東大とその虚構の権威を根本的に問うということであった。

政権交代が成り、官僚主導政治の象徴である次官会議が廃止された今、東大を卒業した者もそうでない者も、この廃止の意義とともに東大解体闘争の意味をもう一度、問い直して欲しいと思う。

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鳩山新内閣人事への緊急提言

鳩山新内閣の人事は、鳩山由紀夫氏の専権事項として民主党内の意見調整をされたのでしょうか?小沢一郎氏は人選に関与されなかったのでしょうか?

私は参議院での連立は不要と考えてきました。それは民主党が提出した法案を可決するには、民主党以外の賛成が必要ですが、逆に見れば、民主党の法案を否決するためには、その他の野党は自民党と提携しなければなりません。反対の自民党を尻目に棄権も同じことです。

今回の政権交代を願った国民の前に、自民党政治を排すとした民主党の主張を、ほかの野党が法案採決でどのような見識を表明するか、それを試すことは反対のための反対政治ではなく、真の国民のための政治を確立するために、絶対に必要なことだと思います。

連立政権のために政党とのバランスをとったとか、旧社会党や労組派閥・グループのバランス、衆参のバランスなどを考えた人事というならば、自民党官僚政権と全く同じ発想であり、そんなものは挙党一致でも、国民が願う政治刷新でもありません。

おそらく私を含めた政権交代のために民主党を支持した多くの国民の失望を呼び起こすことでしょう。反自民党で一致したとしても、自由と民主主義を願う国民は、東大卒警察官僚や同じく東大卒弁護士に率いられた国民新党と社民党を支持したわけではないからです。

郵政民営化を逆戻りさせるのは国民の希望ではありません。わが国の郵政事業は官僚腐敗政治自民党の象徴的な利権の巣窟であり、闇の国家会計たる特別会計の主要な財源として官僚とそれに連なる自民党利権集団に壟断されてきた国営企業でした。それを断つという目的で郵政民営化は進められ、小泉自民党は反対を表明した岡田民主党に圧勝したのです。

小泉自民党官僚政権による民営化は極めて不健全なものでした。従って、自民党主導の民営化はやめさせなければならないものでした。しかし、多くの国民は開かれた郵政事業、官僚からその利権を奪って真の国民のための郵政事業にすることを望んできました。今でもその流れは変わっておらず、利権政治が関与できない郵政民営化は国民の希望です。従って、何を勘違いしたのか、郵政民営化を阻止する政治家を民主党内閣に登用するのは国民に対する裏切り行為になるでしょう。

来るべき参議院選挙で多数派の議席を獲得するまで、国民新党と社民党との連立政権の白紙撤回を切に望みます。

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民主党政権があるべき基本原則

民主党政権が改革すべき本来の日本のあるべき姿の大原則を明らかにしておこう。

第一に、自由と国民主権の真の民主主義の政治風土の確立である。そして政治の主導権争いは、常にこの平面で行われるべきことであり、決してニセの民主主義を標榜する官僚主義や社会主義との争いにしてはならないことである。

第二に、この国の防衛の基本理念は、自由と民主主義を守り、世界平和を維持するために世界に主導的に安全保障を働きかけることである。憲法9条により国際紛争を戦争によって解決する武力を放棄しているが、自由と民主主義の下に生きる日本国民とこの国を不当な侵略戦争行為や暴力犯罪の危害から守るための自衛権は世界の他の国家と同様に保持している。

しかし憲法9条が国際法を犯す犯罪国家や侵略者との正当防衛の戦争行為を禁止している以上、日本は自由と民主主義を国是とするアメリカとの日米軍事同盟が必須である。何故なら、国際連合は、加盟国の条件として国民の直接選挙により国政が運営される民主主義の要件を備えていない国家が加盟でき、その枢要な安全保障理事国に非民主的国家が大きな権利を保有しているかぎり、国連を日本の世界平和活動を推進するための国際機関とすることはできないからである。

そして、従来の日米同盟と異なることは、亡国の敗戦の責任を逃れ、官僚組織の命乞いと引き換えに行われた数々の密約にまみれた米国隷属の日米同盟ではなく、両国の国民の安全を守り、人類の平和と繁栄を保障する共通の理念で結ばれた対等なパートナーシップに基づく日米同盟の再構築こそ重要である。それは不安定要素を高めつつあるアジア・太平洋の地域において、軍事覇権主義の台頭や戦争を抑止することが出来る最強の安全保障機構創設の基礎となるからである。

第三に、特定の政治思想や階層を強調した偏りのある政府・内閣ではなく、この国の全てを総括的に俯瞰でき、真の民主的な政府・内閣を樹立することである。少なくとも国民の信任を得ない勢力との連立はすべきではない。民主主義政治における政策実現にとって参議院で過半数を実現していないことから、来るべき参議院選挙まで、国民の切実な緊急の政策発動のための緊急避難として、政治思想の不純な勢力との連立は容認されるとしても、政治理念に大きな乖離がある政党との連立は必ず国民の批判に晒されることを民主党は銘記すべきである。

第四に、中央集権政府の経済浮揚ではなく、地方分権という国民の立場からの経済浮揚政策は実現されるべきである。官僚の政治権力と癒着してきた大企業、大資本であっても、政権交代がなった以上は、それらは否定されるべきではなく、新政権の下で崩壊の危機に瀕したこの国の経済再建のエンジンとして、零細企業と同様に活用されなければならない。

第五に、アジア政策のみならず、これからの世界政策の中で、日米同盟と同様に、中国との関係のリフォームが必須である。対米従属に類する商売優先の朝貢の戦略パートナーシップではなく、日本がアジアの自由と民主主義を守護するリーダーとしての立場からの新たな二国間関係を立て直すことだ。経済に重点を置いた互恵関係ではなく、アジア・太平洋の安全保障においても、経済のシステムにおいても、新しい世界秩序を構築するための二国間パートナーシップの確立である。

政権交代がなり、新しい政権、政府が発足する前夜の今、ここに掲げた大きな理念を重要なパートナー諸国政府に率直に宣言し、敗戦後の日本が初めてなしえた歴史的政権交代の意義を伝えるべき時である。時期を失してはならない。

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反官僚政治は東大神話を超克することである

官僚自民党政権を打倒した民主党は、輝きを放って日本の歴史の中に政治体制の改革者として記載されることになるであろう。しかし、忘れてはならない重大なことがある。それは政治の執行者、現在ならば公僕であるべき官僚が、何故、独善と独断をもってこの国の政治のみならず国家の運営を壟断できたかということをである。

このブログでは、日本の政治腐敗の原因を、明治維新の国家近代化が成った後、具体的には日露戦争が始まる時代から政治に登場した科挙式教育によって選抜された文官官僚達の政治にあったことを概観してきた。すなわち、日露開戦を叫んだ東京帝大7学士から始まり、東大首席の最初の首相である加藤高明内閣から、この国は先の亡国の敗戦へ至る狂乱の政治が始まったのである。そしてこの亡国の官僚政治は、戦後の日本にあっても、自由民主党という政権によって温存されてきた。

加藤高明、若槻礼次郎、浜口雄幸と続く歴代首相は、典型的な東大首席、次席組、中国の科挙試験で言えば承元であった。日本の近現代史では全く触れられない歴史の考察であるが、この国を凄惨な敗戦と、国家滅亡の危機に直面させたことこそ、試験教育の超エリートと呼ばれた彼ら達の政治の姿であったのだ。

しかし、明治に始まる日本の高等教育が大失敗であったことを歴史の上で如実に示しているにもかかわらず、学問世界をも壟断してきた同門の歴史学者なるもの達は、このことを意図的に隠蔽してきた。それは恐らく、近代日本の教育によって試験勉強が得意である者を秀才と認定する価値観を刷り込まれた多くの日本人の人物観を、そして政治の意識を欺き続けるためであったからだろう。

来るべき民主党政権の内閣人事が始められている。するとこれまでの自民党体制派もその反体制派も牛耳ってきた東大派とそれに連なる識者と呼ばれる者たちが適任とする人物名を挙げ始めた。いわく、鳩山首相、藤井財務大臣、岡田外務大臣である。言うまでもないが、麻生自民党内閣よりもひどい東大主導官僚内閣の姿である。

東大官僚を使いこなすためには、やはり東大卒が必要であるという考え方こそが、亡国の人物観、政治観であったことを改めて強調しておきたい。官僚政治を本当に打倒し、国民主権の民主主義政府を樹立するためには、百年以上も続いたこの東大神話を乗り越えることだ。これなくして日本の政権交代の大いなる歴史的意義は喪失することになるであろう。

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